第2話
「ふむ。ファンよ、そなたのジャンルは右肩上がりで業績を上げているようだな」
「ありがとうございます」
「ラブ、そしてレンも安定した人気を維持している」
「ありがとうございます」
「がんばりました!」
「ジーも好調とまでは行かずとも、問題ないと言える成績だ」
「はっ」
総督は各自から寄せられた報告、読者獲得数や人気数値を眺めながら褒め称えた。
「ドラは少し落ちてきているな。何か策を考えた方が良い」
「申し訳ありません。次回には必ず良い結果を出してみせます」
「その心意気を忘れるな。問題なのは……」
そう言うと、総督はまだ言及していない三人を見る。
「テリーよ、目標に達していない理由は分かった。だが、それでもこの数字は低すぎる。もっと読者を集める工夫をしたまえ」
「はっ、申し訳ありません」
「キシ。君もまだまだ努力が足りないぞ。自分の身なりばかり気にして、本分を疎かにするな。自分を歴史の偉人に見せようとも、効果がなければ意味がない」
「御意」
「そして、ラー。もっと活発になりたまえ。君はホラーというジャンルだ。大人しいホラーなど聞いたことがないぞ」
「す……すい、ま……せん」
「まあ、これは性格の問題だからすぐには無理だろうが、その努力はしたまえ」
傍らに置いた報告書を整えると、総督は全員に言い放った。
「いいか。ここ最近は人気の差の開きが著しい。偏った人気によってバランスが崩れ始めている。昔なら読者に全て委ねる所だが、読者に頼る時代は終わったんだ。これからは我々ジャンル側から読者にアピールしなければならない。そうしなければ、いつか消えてしまうジャンルが出てくるからだ。君達はライバルであると同時に、同志でもある。誰一人欠けることはあってはならない」
総督のその言葉に、全員が神妙に頷いた。
「総督。一つよろしいですか?」
「何だね、ファン」
ゆっくりと手を挙げて述べたファンに、続きを促す総督。
「始まりからお聞きしたかったのですが、SFのエス様の姿がまだ見えないのはなぜですか?」
そう。ファンの言う通り、ここには一人欠けている人物がいた。それがSFのエフだ。
最初にレンが言っていたように、一人でも時間に遅れた者がいれは連帯責任で総督から罰を受ける決まりだった。
「ふむ。実は今、ちょうどその件で話をしようとしていた所だ」
「というと?」
「SFのエスはな……死んだよ」
「……は?」
ポカーン、と呆けるファン。しかし、それは他の者も同様だった。
「エスは何者かに殺された」
「いや、あの、総督。少し待ってください」
「エスが……死んだ?」
「うそ……」
「そんな……」
「殺された?」
「いつ?」
「一体誰に……」
同様を隠しきれないファン達がどよめく。それはそうだ。仲間の一人が死んだ、それも殺されたと総督は言ったのだ。驚くなと言う方が無理がある。
「みんな、落ち着きたまえ」
少し声を張り上げた総督の声に、ファン達が騒ぎが治まった。
「そ、総督。それはたしかなのですか?」
「ああ、間違いない。エスは何者かに殺された。昨日のことだ。胸をナイフで刺されていた」
「ですが、どうして……」
「実は、五日前にエスから相談を受けていたのだ」
「相談、とは?」
「ふむ。それが妙な相談でな」
両手の指を合わせなが述べる総督。続きを聞くため、ファン達は口を挟まず黙ったままだ。
「エスが言うには、君達ジャンルの中に吸収を企む者がいる。その者を止めてほしい、と」
「吸収?」
「ああ。目的の人物を殺すことで、その人物が保持している人気、読者を我が物にしようとしている、とな」
「なっ! そんな……」
「ありえません、総督!」
「私もそう思う。そんなことは出来ない」
「エスはなぜそんなことを……」
「ごめ~ん、わたしよく分かんな~い。どういうこと~?」
ラブが場違いな声で手を挙げた。それにドラが説明する。
「ラブさん、つまりはこういうことです。エスさんのジャンルの人気と読者数はおよそ一万。エスさんを殺した犯人は、その一万という数字を自分の人気と読者数に加えようとした」
「そんなことできるの~?」
「はっきり言って無理です。そんな仕組みは存在しませんし」
「だったら何でエスは殺されたの~?」
「それを今から話し合うんです」
「なるほど~」
そう言うとラブはポン、と口からあめを取り出し、くるくると振り出した。
「最初は私も冗談だと思っていた。しかし、エスの目は真剣だった。あれは嘘をついている者の顔ではない」
「総督、エスはその人物の名を言わなかったのですか?」
レンが総督に尋ねた。
「ああ。確証がなかったのか、証拠を見つけてから名前を言う、と。こんなことなら、無理にでも聞き出すべきだった」
「なるほど。つまりは口封じのためにエスさんは殺されたわけですね」
テリーが顎を擦りながら言った。
「殺人という状況だ。ミステリー担当のテリーなら何か分かるのではないか?」
「ええ。総督の話に寄れば、相談してきたエスさんが後日何者かに殺された。これは、エスさんが犯人の意図に気付いたからでしょう」
「意図、って。まさか、人気の吸収?」
「バカな。そんなことは不可能だろう」
ファンとジーが口を開く。
「総督、吸収なんてありえるのですか?」
「いや、絶対にない。普通に考えてみたまえ。SF好きな読者がきっかけもなしに、突然別ジャンルに切り替えると思うか?」
ドラの質問に、総督はそう答えた。
「総督の言う通り、これはエスさんの妄想でしょう。吸収なんて仕組み、あるはずがありません」
「だが、私に相談しに来た時のエスに嘘の気配は……」
「でしょうね。エスさんが気付いたのは殺人という気配です。吸収というのはおそらくエスさんが考えた動機です」
「動機、とは?」
「エスさんは何かのきっかけで、誰かが殺人を企てていることに気付きました。しかし、なぜ殺人を犯すのか。それが分からない。エスさんなりに考えた結果、人気を得るためと思ったんでしょう」
「何でそんな考えを?」
レンがテリーに尋ねた。
「このジャンル別定例会議がすぐ間近に迫っていました。エスさんはそれを踏まえて、成績不振なその人物はもしかしたら、と至ったんだと思います」
「ちょっと待て。成績不振と言ったら……」
ジーが三人の顔を眺める。テリー、ラー、そしてシキだった。
「拙者は無実でござる」
「わ……わたし、も……違い、ます」
「じゃあ、テリー。お前か?」
「あのね~、もし僕が犯人なら自分を容疑者候補の中に入れないよ」
呆れ顔でジーを見るテリー。
「だって、今自分で成績不振なやつが犯人だと……」
「その前にも言ったろ? 吸収なんてものは妄想だ、って。だから、成績不振とか関係ないんだよ。これはあくまで一例」
「ならば、他に挙げられる仮説はあるのか?」
総督の問いに、テリーが指を一本立てながら答えた。
「僕の中で最も有力な仮説は一つです。それは、嫉妬による殺人です」
「嫉妬、だと?」
「ええ。人気のある人物に嫉妬を覚えた犯人は、殺人という行動に走った」
「いや、待ちたまえ、テリー。エスの人気はどちらかというと低い。殺される程の人気は……」
「ありませんね。だから、この事件は逆なんですよ」
「逆?」
テリーの発言に、みんなは疑問符を浮かべている。
「誰かがエスさんを殺そうとしたんじゃない。エスさんが誰かを殺そうとしたが、逆に返り討ちにあったんです」
「何!?」
「エスが!?」
全員が驚愕の顔に染まる。
「そうです。総督に相談に行ったのも、実はその人物を貶めるためのものだった。きっと相当の嫉妬があったんでしょうね。総督も気付かないぐらいの演技をし、名前を言わなかったのもより真実に見せようとしたためです」
「なんと、エスが……」
「いや、待ってくださいテリー様。そうなると、ここにいる全員が……」
「そうです。エスさんの人気は僕達の中では一番低い。誰もがエスさんの標的になります。つまり、僕達全員が容疑者です」
テリーのその一言に、場の雰囲気がガラッ、と変わった。静寂が辺りを包み込む。
「エスから襲われたというなら情状酌量の余地がある。今ならまだ許そう。エスを殺してしまったという者は手を挙げてくれ」
しかし、誰一人挙げる者はいなかった。総督の願いも空しく終わる。
「分かった。そういう態度で来るなら私も黙ってはいない。徹底的に犯人を探し出す。そして、判明した時は覚悟してもらう。いいな?」
総督は立ち上がり、その場を後にする。残されたテリー達は総督の意向をくみ取り、しばらく誰が犯人なのかを話し合った。
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