ジャンル殺人事件

桐華江漢

第1話

 闇の様に真っ黒な空間。その中の一部にスポットライトが当てられていた。


 材質は大理石か何かだろうか。艶のある白い丸テーブルが鎮座し、そしてその周りを囲むように置かれた九の椅子。こちらも大理石だろうが、椅子としては座り心地が悪そうだ。


 ポツンと佇むテーブルと椅子。それはまるで会議をするような場所だが、そこには誰の姿もない。


 スタ、スタ、スタ……。


 すると、一つの足音が暗闇から発せられた。無音が広がるその空間では異様に響き、その音は徐々に大きくなり、一つの椅子の裏側から一人の人物が現れた。


 身長百八十ぐらいの男性だ。長い金髪に美しく整った顔立ち、ピンと長く伸びた耳。緑の装飾が施され麻で出来た旅人の様な服装。まるでエルフのような姿だ。手元には木製の弓が握られている。


「相変わらず早い到着ね」


 金髪の男性が現れた数秒後、そんな声と共に別の椅子の裏側から女性が現れた。


 こちらは長いウェーブがかかった黒髪に、赤いワンピースに身を包んでいた。首元や耳には金色のアクセサリーがあり、化粧と香水の匂いを発している。


「これはこれは、お久し振りです。レン様」


 金髪の男性は恭しく、胸に手を当てながら頭を下げて挨拶をする。それから二人は椅子に腰掛けた。


「久し振りね、ファン」

「最近の調子はどうですか?」

「まあ、ぼちぼちと言ったところかしら?」

「ご謙遜を。噂では成績が伸び上がっていると聞いていますよ」

「あら、嫌味? あなたの所が一番でしょうよ」

「おかげさまで」

「はあ~、私も成績上げたいな~」


 顎に手を乗せ、溜め息混じりに呟く女性。


「やっぱ、営業活動をしないとダメかしら?」

「そうですね。いくらかは必要なのではないかと」

「あなたは普段どうやってやってるの?」

「いや、特には。運よく人気に拍車が掛かってくれたおかげで、私は何もしなくて済んでいます」

「あらあら、人気者は言うことが違うわね」

「僕から言わせてもらえば二人とも人気者だし、そんな会話が出来る二人が羨ましいよ」


 二人の会話に割り込む声。また一人の人物が椅子に姿を現した。


「あら、テリー」

「テリー様。お久し振りです」

「久し振り。二人とも変わらないね」


 そう返すと、テリーも椅子に座る。


 童顔で小柄な体型。黒のハットと黒のマントを羽織り、見た目はまるで子供だが、身体から発せられる雰囲気はどこか大人びている。


「二人は人気者だからいいよね。僕なんか過疎地だから苦労の毎日だよ」

「しかし、テリー様の地域は一部の利用者に人気ではないですか」

「そう、一部にはね。でも、そこから中々伸びないんだよ。もっと増えて欲しくて色々試行錯誤してるんだけど、上手く行かないよ」

「いやいや、日常やお仕事、青春など様々な種類を生み出されているのはすごいじゃないですか」

「そうよ。私なんか新しさなんてないわよ」

「ありがと。まあ、今言ってくれたみたいに、そこが唯一の強みだよね」


 それから三人は、しばらくお互いの近況を報告し合った。


「というか、他のみんな遅すぎない? もう時間になるわよ」


 自分の腕時計に目を向けて言うレン。

 

「いや、まだ約束の時間まで二分残っていますよ」

「そんなのは遅刻に入るわよ。普通、集合時間の五分前には居なきゃでしょ」

「レンさんは時間に厳しいね~」

「当たり前でしょ。私の地域では時間を守らない奴は一発でアウトよ」

「まあまあ。その時間までに来ればいいと総督も仰っていましたし」

「それはそうだけど……」

「と言っている間に、来たみたいだよ」


 テリーのその一言で、空いている席に一斉に人が現れた。


「よお、待たせたな!」

「マジおっつ~!」

「拙者、参上致しました」

「全く、呆れましたね」

「……」


 アロハシャツ一枚で、筋肉剥き出しの赤い髪の男性。

 あめを舐めながら明るく挨拶する茶髪の女子高生。

 武士のような出で立ちのチョンマゲ男性。

 スーツ姿で眼鏡の位置を直す長身の女性。

 ボロボロのぬいぐるみを抱き抱えた幼い少女。


 口々に言いながら、各自席に座り始める。


「ちょっと、遅いじゃないのよ」

「ああ? 何言ってんだ。時間通りじゃねぇか」

「正確には指定した時間より二十秒早かったでござるが」

「あはは! こまか~い!」

「今日は久し振りの会議なのよ。もう少し早く来なさいよ」

「うるせぇな。間に合えば別にいいだろ」

「同感でござる」

「だからって……」

「もう~、レンちゃんしつこい~。そんなに言ってると、おばさんみたいだよ」

「誰がおばさんよ!」

「まあまあ、レンさん落ち着いて」


 テリーが間に入ってレンを止める。

 

「醜いケンカですわね」

「ドラ様、ラー様。お久し振りです」

「ええ、こんにちはファン」

「こ……こんに……ちは……」


 一方で、ファンが幼い少女に挨拶をしている。少女はぬいぐるみで顔を隠しながら返していた。


「一人でも遅れたら、全員が罰を食らうこと忘れたの?」

「忘れてねぇよ」

「あんた一人のせいで周りに迷惑が掛かるのよ。少しは反省しなさい」

「あのよ~、何で間に合ってるのに説教されなきゃならないんだ?」

「日頃の行いのせいではごさらぬか?」

「おい。そりゃあどういう意味だ、キシ?」

「きゃはは! ジー君怒られてやんの!」

「うるせぇぞ、ラブ」

「まあまあ、みんな落ち着いてよ」

「ああ? 良い子ぶってポイント稼ぎかテリー?」

「いや、ポイント稼ぎって……」

「そうだよな~。お前の所は成績伸び悩んでんもんな~。こんな事で評価して貰おうってか? 小さい男だな」

「こんの――」


「そこまでだ、諸君」


 空間全体に響く声。それを聞いたテリー達全員が口を閉じ、ピリピリとした空気が充満し始める。


 コツ、コツ、コツ、……。


 ゆっくりと聞こえてくる足音。ただの足音であるが、その一歩一歩からは圧とも言える何かがテリー達に降り注ぐ。


 そして、暗闇の中から一人の人物が姿を見せた。細身の身体に紫を基調とした軍服の様な服装。頭にも平たい帽子を被り、何より目立つのはピエロのような仮面だ。白い陶器で作られた物で、右頬の部分には星が描かれている。


「些細な争いは止めたまえ。君達は同志のはずだ」

「はっ。申し訳ありません、総督」


 テリーが総督に向かって頭を下げる。


「俺は何も悪くないんだがな」

「ジー」

「……申し訳ありません」


 総督の鋭い視線に、ジーも謝罪をした。


「さて、約束の時間になったな」


 全員が落ち着いたのを見計らうと、総督は出席を取るかのように一人ずつ名前を呼び始めた。


SF。君達の報告、聞かせてもらおう」


 そして、総督は両腕を広げてこう宣言した。


「さあ始めよう。ジャンル別定例報告会を」

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