第5話

 うーむ、どうしたもんかの?

 と、おや?


「ああ、それは僕が描いたんですよ。これでも画家を目指しているので」

 青年が儂の目線に気づいて答えてくれた。


 目線の先、部屋の隅に立てかけられていたのは一枚の絵じゃった。


「そうじゃったのか。ところで美紀ちゃんじゃな、あれは」

「ええ。前に描いてとせがませて」

 うんうん、よく似ておるわい。

 そしてやはりあの小僧にも似ておる。


 ん?

 お、そうじゃ!

「なあ青年、ちとお願いがあるのじゃが」




「えっと、こんな感じですか?」

「そうじゃ。後はここに……を」


「どうです?」

「うむ、凄いのう。そっくりそのままじゃ」

「そうですか。ふう、よかった」


 儂は青年にある絵を描いてもらった。

 これをあの人に見せれば、もしかして。


 しかし儂の拙い説明を聞いただけなのに、ここまで完璧にとは。

 この青年、天才かもしれんな。


 と、いかんいかん。

「すまんかったのう。遅くまで作業をさせてしもうて」

 もう深夜、人間は寝ないといかんしの。


「あ、いえいえ。どうせ明日は休みですし、お気になさらずに」

「そうか。ありがとうの、本当にあんたはいい人じゃ」


「そんな事ないですよ……さ、寝ましょうか」

「ああ」




 翌日の昼、儂と青年はあの母娘の部屋の前にいた。

 呼び鈴を押すとすぐに母親が出てきた。


「はい? ……あの、まだ何か?」

 母親は儂を見て訝しげに見ておった。


「いや、少しこの絵を見てもらいたくての」

「絵、ですか? はあ」

 絵を受け取った母親はそれを見た途端、目を大きく開きおった。


「その景色に見覚えはないですかの?」

「こ、これ、私が子供の頃住んでいた場所。え?」


 ふむ、やはりかの?

 いやもう少し聞いてみるか。


「昨夜思い出したのじゃが、儂が探していた人の名前は、『あきら』なんじゃが、心当りはあるかの?」


「……あの、それ私の名前と同じです。『光』と書いて『あきら』と読みます」

 母親、光さんはまた驚いているようじゃった。 


「え、おじいさん? あの、まさか?」

 青年も気づいたようじゃ。


「ああそうじゃ。ずっと男だと勘違いしておったわ。儂が探していたのは『あきら』さん。あんただったんじゃよ」


 そうだったんじゃ。

 まさか母と娘、両方を男と間違うてしまったとはのう。

 儂もまだまだじゃのう。


「え? 失礼ですが、何処かでお会いしていましたか?」

「ああ。あんたが子供の頃に何度もな。今はこんな姿なので分からんじゃろがの」

「は、はあ、すみません」

 光さんは申し訳なさそうに言うてくれたが、普通は分からんよ。

「いやいや。ところで光さん、あんた故郷には帰ってるのかね?」

「いえ。子供の頃に引っ越してから一度も」

 光さんは辛そうな顔になった。


 どうやらそうそう語れない人生を送ったようじゃの。


「……まあ、色々あるとは思うがの、気が向いたら帰ってきておくれ。そしてあの時のように儂を……そしてできれば近所のもの達にもの」


「え? それって、え!?」

「お、おじいさん!?」


 ん?

 いきなり叫んだりしてどうしたんじゃ?


 おや、儂の手が透けて見えるの?

 足元も……そうか。

 小僧に、いや光さんに会えたからもう終わりという事かの。


 いや、まだ一つ残っておる。


「のう光さん。最後に余計なお節介じゃが、あんたに相応しい人はすぐ側におるからの。そして青年、いや長瀬さん。あんたには才能がある。そして本当に良い心の持ち主じゃ。だから自信を持ってな」



 そう言い終わった時、儂の意識は途切れてしもうた。


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