ささやかな一日のはじまり
ご主人様が信じれられないのも無理はないと思う。
ボクも絶対嘘だと思ったし、こうして人間の姿になるまで信じることができなかった。
鳥だったときの名残が少し残っているけれど、とにかく、ご主人様に納得して頂けるよう、事の成り行きを説明することからはじめよう。
「いきなり恩を返したいって言われてもねえ。今の生活で満足してるし……そうだ、あなたは何もないの? せっかく人間になれたんだし、やりたいことだってあるでしょう?」
「ボクの願いは叶いました。なのでこうしてご主人様とおしゃべりができるだけでも僥倖といえます。幸せすぎて明日世界が終わっても思い残すことはありません」
「困ったわね。じゃあ具体的にどんなことをしたいの?」
「う~ん……。恩を返したいのです」
彼女は力なく笑い、
「じゃあこうしましょう! 今日一日、私の娘として過ごすの。どう?」
「ダメです。ちゃんと恩を受け取ってもらわないと擬人化した意味がありません」
彼女はふてくされるボクを宥めながら、
「あなたがこうしていてくれるだけでも恩返しになってるわよ」
頭をなぜられるのがとても心地よかった。
「ふぐー、わかりました。ご主人様がそこまでおっしゃるなら仕方ありません。断腸の思いとはまさにこのことです」
「こーら、もうご主人様じゃないでしょ、お母さん、でしょ?」
「いきなり言われても心の準備というものがあります! でしたらボクのことはピー子ちゃんと呼んでください」
彼女の楽しそうな笑い声がちいさな部屋の中に響き渡る。
お母さんとの一日限りの生活がこうしてはじまった。
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