2.追いかけて

 単純な好奇心、四割。怖いもの見たさ、三割。目新しさ、二割。恐怖心、一割。

 私が伊藤悟へ持つ興味の内訳だ。興味といってもそこに色気はなく、むしろ、アトランダムに並ぶ数字から法則性を探すような、人間の類似性を調べるような、そういった研究的な感覚に近いように思う。

 実際、彼は平凡かつ陳腐で往々にして普遍的に存在する普通の人間に見える。少なくとも、外見上はそうだ。自己主張は一片もなく、奇抜さは欠片もなく、地味さは微塵もなく、個性は残滓もなく、そして、一貫して特徴がなかった。

 だからこそ、違和感。

 認識によって生まれる、恐怖。

 私の興味が何に由来するかといえば、つまるところ彼の雰囲気にほかならないだろう。外見上は特徴がないけれど、それはあくまでも外見上でしかないように思える、彼はそんなただならぬ雰囲気を纏っていた。

 誰しも内面と外面は相関関係にあるはずだ。性格は服装などに影響が出るし、容姿は人格に影響を与える。どちらが先に影響を与えるかは、私にはわからない。もしかしたら、鶏が先か卵が先かの議論のように、人によって答が変わる議題のひとつなのかもしれない。

 いずれにせよ、外見から受ける印象というのは、少なからずその人の性格や人格を推し測るバロメーターとなるはずだ。どんなに没個性に徹していても、どんなに個性を前面に押し出していようとも、指標として捉えるならば同義である。

 だから私は困惑した。彼があまりにもちぐはぐだったから。

 どうしたらバロメーターとして機能しないほど、特徴のない外見になるのだろう。彼の外面には、内面を投影した形跡がないのだ。統一性もなければ、拘りもない。かと言って、年不相応の格好というわけでも、ダサいというわけでもない。

 最早没個性を通り越して、無個性である。

 内外両面に特徴がないのなら、まだいい。だけど、彼の一挙一動には、隠しきれない違和感があった。端的に言うなれば、個性が滲み出ているのだ。ちぐはぐ。

 どうにも、彼は内面と外面に相関関係がなく、それぞれが独立しているらしい。演じているならまだしも、無意識に、無自覚に、自然と独立しているようだった。

 はたして、内面と外面が独立するなんてことが、本当に可能なのだろうか。もし可能だとして、それは人と呼べるのか。甚だ疑問である。

 彼と初めて会話してから二週間が経っていた。

 だけど、関係に進展はない。そもそも何を持って進展と言うのかわからないし、私自身、展望を持っていないのだから進展なんてするはずもなかった。

 しかし、この二週間で新発見したことがいくつかある。それは思っていたよりも、受講している講義が被っていたこと。まあ、同じ大学かつ学部学科も同じなので、偶然と言うには条件が整い過ぎている気もするけれど。

 それと、彼が大学の近くに住んでいること。一週間前、気まぐれで寄った大通りにあるスーパーにて、食材を買い込んでいる彼を発見したのである。彼は肉と野菜、そして魚を購入し、駅とは真逆の方へと歩いていった。

 住宅街へと続く小道を折れたことから、恐らく近くのアパートにでも住んでいるのだろう。そう推測すると、無性に興味をそそられた。確認したからといってどうなるわけでもないけれど、そこに少しでも彼の内面を垣間見ることができたらと、期待してしまう私がいた。

 そうして一週間後。

 つまり、初めて会話してから二週間後の今日。私と彼は四限で本日のカリキュラムを終えた。私と彼のタイミングが合う唯一の日である。

 私は有希の誘いを受ける前に、いち早く講堂を抜けて、正門付近で待機する。賭けだった。伊藤悟よりも先に有希たちが現れれば、身を隠す必要があるのでその間に彼を見逃す可能性も高い。

 そう懸念していたが、五分も待たず彼は正門へと現れた。周囲を確認。友人たちはいない。安堵する。暖かくなってきたとは言え、まだ風は冷たい。早くきてくれて助かった。

 彼はつかつかと、他の学生を抜かしながら歩いていく。独りに慣れているからだろうか、歩幅が広い。これも新発見だ。

 適度な距離を開けて、跡をつける。不自然にならないように気をつけて。さも当然のように。私は彼の背中を追って歩いた。

 一度大通りに出てから、駅とは真逆の方へ。しばらく直進。途中、横断歩道が二箇所。それを越えて三つ目の小道を左折する。

 彼を見失わないように気をつけながら、私は道順のメモを取った。メモを見直したとき、ふと自分の行動が犯罪チックだと気づく。いや、チックなどではなく、これは完全にストーカーだ。迷惑防止条例違反だ。

 気づくと、急に怖くなった。さすがにストーカーで捕まりたくはない。けど……。

 知りたいものは知りたいわけで。

 開き直って、うねる道を直進していく。次第に喧騒はなりを潜め、街並みは閑静な住宅街へと変貌していった。閑静というより閑散としていると言うべきか。夜中に訪れたらちょっと怖そうな雰囲気。暗くなる前には帰りたいところである。

 まだ到着しないのか。内心焦り出した頃、小さな公園を通り過ぎて少しすると、彼は二階建アパートの一室へと入っていった。解錠していたので、彼の自宅だろう。

 二階の真ん中の部屋。大きさからいって一人暮らしか。時計を確認。大学から徒歩十分。

 アパートの前に立ち、周囲を見渡す。どうにも特徴のないアパートと街並み。ため息が零れ出た。これでは彼の外面と変わらないじゃないか。当然、内面なんて垣間見れない。

「無駄足ですか……」

 呟いてみたけれど、徒労感は思ったよりなかった。何故だろう、私は浮かれている。浮かれて、次の興味に気づいてしまった。

 彼の部屋を発見した。そして、その部屋に入ってみたくなった。心を奪われていく気がした。

 私の興味は尽きない。それこそ、新発見だった。

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