迷い鳥
1.足踏み
呆然とそぞろ歩く。
無意識のうちに人を避けていたのだろうか。気がつけば閑静な、いや閑散とした小道を歩いていた。
そうして陽が傾き始めた頃、私が行き着いたのは寂れた小さな公園だった。初めて訪れたはずなのに、直感的にそう思った。
言うならば、この公園は死んでいた。入り口に放置されたシャベルに違和感を持つ。だから私は惹かれたのかもしれない。引かれたのかもしれない。
公園に一歩足を踏み入れて、周囲を見渡す。
木々の隙間から零れる陽の光が、ぽつりと散在するチープな遊具を照らし、哀愁を漂わせている。よく観察してみると、遊具はどれも錆びついており、長い期間利用されていないことを物語っていた。
使われないから寂れているのか、寂れているから使われないのかは定かではない。どちらにせよ寂れていることには違いないのだから、些細な問題でしかないだろう。
問題ですらないか。
深呼吸して、敷地の端にあったベンチに移動する。落ち葉が積もっていた。それを払い落とし、私はベンチに腰を下ろした。
どうにかこの公園の空気に馴染もうと、目を瞑る。視界を塞ぐと風にそよぐ葉の音が聴こえ、私は独りなのだと実感させられた。
馴染むどころか、私はこの公園そのものだった。
全てを失って私は独りになった。具体的に何を、と問われてしまえばきっと言葉に詰まってしまうだろう。私が失ったものとは所詮そんなものだ。何を失ったかもわからない、初めから存在したのかも疑わしい、本当にくだらないものである。
私は存在を失ったのだ。
それは死んでいるのと変わらない。
夢から覚めた先は、虚無だった。
しかし私は生きている。この公園が利用されずにその本来の役割を終えていても、ここが公園であるように、私は存在を失っていても生きているのだった。
生き残っているのだった。
「独りよ独り、独りだわ」
呟いて、「ふふ」と短く笑う。笑うしかなかった。
さて、どうしようか。幸いなことにそこそこな額のお金はある。直近の生活に関して、衣食住で困ることはないだろう。むしろ衣食住だけは困らないと言うべきか。
住む場所さえ決めてしまえば、アルバイトぐらいはできるはずだ。そうすれば……、どうなるのだろう。
私はどうしたいのだろうか。
悩む、止める。考えたところで仕方がない。
私は瞑っていた目を開く。いつの間にか陽は小さな雲に隠されて、公園は物寂しい雰囲気を纏っていた。
うんと頷き、私はゆっくりと立ち上がる。
「君にはさ、一度だけ存在意義を与えられるよ」
誰にともなく、空気を震わせた。もちろん応えは返ってこない。それを確認して、私は公園の敷地から外に出た。
元きた道を戻り、大通りに出てコンビニを目指す。開き直って歩く大通りはとても煌びやかに見えて、私の住む世界ではないように思えた。
五分もしないうちに到着したコンビニで、私は飲み物を購入し、再び公園へと移動する。どうしてだか私は、あの寂れた公園に、ほんの少しでも存在意義を取り戻したくなったのだ。
きっと感傷的になっているのだろう。自分と公園を重ねても何の意味もないのに。
だけど、こんな私でも何かを救うことができるのだと思うと、テンションは上昇するものだ。本当に浅はかな自己満足である。
自家撞着に陥りながらも迷うことなく公園に到着すると、そこには人がいた。
衝撃だった。こんな寂れた公園ですら求める人間がいるのに私は独りなのかと、絶望がこみ上げてくる。
嘆息。わかっていたことではないか。自分に言い聞かせる。拗ね気味に。
そんなことより、その人がこんな寂れた公園で何をしているのか、私は興味があった。
覗き見してやろう。八つ当たりである。
敷地内の中央に生えている木の後ろに隠れ、その人を観察する。その人は何を思ったのか穴を掘っていた。無心に無感動に無感情に、黙々と独りで穴を掘っていた。
男性だった。そこそこ大きい穴を掘っている。
三十分もすれば穴は相当に深くなったらしく、その人の姿は完全に見えなくなった。ざっざっと地面を掘り進める音だけが公園に響く。
行動の意味は分からない。でも一つのことにここまで集中して取り組めるその人を羨ましく思い、そしてその人自身に興味を持った私に気づいた。
どうにか話をする機会はないものか。いい案が思い浮かばず逡巡していると、根本的なことに思い至る。
彼はどうやって穴から上がるのだろうか。
考えるより早く、私は公園を駆け出していた。三度目となる元きた道を進み大通りに出る。そこから駅方面へと進み大型ディスカウントストアを目指す。
肩で息をしながら、到着した大型ディスカウントストアに足早に入店し、迷うことなくロープを手に取り購入した。そしてまた駆ける。
さすがに二往復もすれば迷いなく、最短ルートで公園に戻ることができていた。腕時計を確認すると一時間が経過していたので、その人はいなくなっているのではと心配になる。
しかし、心配は杞憂に終わる。穴を覗き込むと三メートルほどの深さがあり、底にその人は寝ていたのだ。
何故だか胸が躍る。久しぶりに人と会話ができるのだ。高鳴る鼓動を感じつつ、私は購入したロープを開封し、その端を一番近い木に結びつけた。もう片方の端を左手に持ち、膝をついてもう一度中を覗き込む。
まだまだ起きる気配はなさそうだ。起きるまで待とう。
最初の言葉はもう決めた。テンションは急上昇。
早く起きないかなあ。
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