第十二話 男には譲れない一線がある

エレナと接して分かったこと、このヒメはかなり頑固であるという事。

・・・即ち意志が強い。

だからこそ、今の彼女があるのだろう。

「わかりました、とことん話しましょう。」


エレナから切り出す。

「先ほども言いましたね、ヒメと言葉遣い直してほしいと。」

これはそんなに重大なものなのか・・いや、この事を解決してしまわねば先に進めない。

いや、本当に早急に解決しないと問題が山積みなのだから。

アシュベルはグッと拳を作り応戦する。

「ヒメは俺の主なのですから当然の事を実行しているだけです!!」

「だからアシュベルは年上なのだから・・ん、あれ?あなたの年齢聞いてないけどっ」

「俺は25です、ですが主に対して敬語・・とかは苦手てなので、丁寧語で話すのは当然の

事でしょう!」

「わたしが嫌なのです!ヒメだのあの言葉遣いは周りから目立ちすぎますし!」

「でも俺が主従関係を感じることができないじゃないですかっ」

「それはアシュベルの事情でしょう、私には付き合う気はないと言っているんです!」

はぁはぁはぁ・・・


疲れた、エレナもアシュベルも汗をかいて肩を揺らしている。

両社とも譲らない。

これでは永遠に平行線だ、あまりに時間が掛かり過ぎる。


仕方ない、こんな状況でなければ妥協などしないが今は時間をかけている暇はない。

アシュベルが呼吸を整え切り出す。

「ヒメ、提案があります。」

「・・提案?」

「ヒメも俺に対して丁寧語を使わないでくだ・・使わないで・・」

いかん、エレナに対して使い慣れてきたせいで言葉遣いが治らない。

もう一度だ。

「使わないでくれ。」

あれ・・こんな感じだったっけ。アシュベルに焦りが生じる。

何か凄く気まずい。


「そうか、分かった、私もそうするよ。」

早っ。

エレナの順応の速さにアシュベルは暫し呆然とする。

いや、呆けている場合じゃない。

アシュベルが仕切り直す。己の気持ちと共に。


「では、言葉遣いの問題は解決したということで、ヒメという呼び方なんだけど。」

エレナが腕組みをしながらうんうんと頷いている。

「これだけは譲れない!」

「ちょ、むしろそっちを直すべきだろう!」

エレナが全力で応戦する。

そしてアシュベルが全力で否定する。

「いや、敵には既に知られているし、それに・・っ」

息を溜めて次の言葉を放つ。

「俺がそう呼びたいっ!」

「却下。」

エレナが冷酷な程の口調で言う。

「そうじゃなくて、いや、それもあるが・・寧ろ敵には抑制になると思うし

周りには姫じゃなく、俺のヒメちゃんって事で通るかと。」

まるで究極の解決策を論じるようにアシュベルは自慢げだ。


「なるほど。それほどアシュベルは女性遊びが好きだと認知されていると。」

納得した顔でエレナが見つめてくる。

アシュベルはその言葉を聞いて初めて、あらぬ誤解を与えてしまった事に気づいた。


アシュベルに関して誤解を解いておくと・・・

彼はその少し癖のある柔らかな金の髪と端正な顔立ちの中でも目立つ

深紅の瞳が怪しげで、女性の間では誠実さの中に影がある、と魅力溢れる異性として

認知されている。

それ故に彼は女性から放ってはおかれない。

彼にその気があろうがなかろうが・・・。

そのうち、彼は気づかぬ内に女性の扱いに慣れてしまった・・

というより傷つけず遠ざける術を身に着けていた。


「俺はそんなんじゃないし、初めて心惹かれたのはヒメちゃ・・・」


こほん。

最近少し俺は壊れているのかもしれない・・・色々あったし、アシュベルは眩暈を感じた。

エレナの方を様子見る。

彼女は先程と変わらず、こちらを見返していた。

よし、この手の話には疎いようだ。


「とりあえず、ヒメちゃんは譲れない。そうじゃないとヒメに

主従関係を認めてもらえたと実感できないんだ。」

そんなにこだわる事なのか・・確かに、頑なに拒んだが、エレナは首を捻る。

怖いほどの並々ならぬ決意を感じる。


エレナからすると、周りの目が恥ずかしい、それと誤解を生みそうで面倒くさい、

後・・・特にないかもしれない。

わたしには彼ほどのこだわりがない。

彼はいいのだろうか、いい女性がいるのならそれこそ誤解を生むんじゃ・・。


あれ、何を心配しているんだ、わたしは・・・。

エレナは自分の思考に疑問を感じながらも、頭を切り替えて言った。


「わたしにはよく分からないが、君がそこまで言うなら。」

「おおっ!それはっ・・」

アシュベルが嬉しそうにお礼を言おうと瞬間。




「話を戻して済まんが」

エレナが思い出したように話し始めた。

「おじい様の本当の名前は、クアドラ・・」

「え」

「クアドラ=ゼルネシス」


さらりと答えるエレナに一抹の恐怖を感じだ。

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