第七話 君の秘密と俺の願い

治療室でノックが聞こえた後、入ってきたアシュベルの様子がおかしい。

会うたび余裕のある笑みを浮かべている彼だが、その笑顔が今はまたやけに怖い。

絶対に何か裏のある表情だ。

分かりやすいのか、わざとやっているのか・・掴めないなこの人。


「やぁ、体調は大丈夫そうでよかったよ。」

「・・・」

やっぱり何かある。

しかもそれを隠すつもりはない感じの口調だ。


アシュベルはベッドの端に腰を掛けているエレナに近づいてくると、近くの椅子を引き寄せ

彼女の真正面に座った。

赤い瞳の奥にゾクリとするものを感じる、獲物を捕らえて離さないような鋭い眼差し。

逃さない、そう宣告されたような眼差し。

しばらく睨みあい・・否、沈黙の見つめあいが続いた後、アシュベルの唇が動いた。


「で、君は何者なの?」


「は・・?」

唐突な質問。


この人は何を言っているんだろう。

もう自己紹介は済ませてあるし、何者って言う言葉のニュアンスが掴めない。

エレナは白銀の髪を耳にかけ、首をかしげながら腕組みをする。

考えうるあらゆる事に頭を巡らせたが何も浮かんでこない。


ハッとエレナの頭に一つのことが思い当たった。

もしかしてあの事を知っているのか。

思い当たる節といえばあの事しかない。

何故彼がそれを知りえたかはわからないが、今はそれしか思いつかない・・。

知られてしまっているなら今更隠しても仕方ない、

半端な情報を握っているのなら、逆に話さないことのほうが危険だ。

覚悟して正面に座るアシュベルの瞳を見据えた。

「この事は他言無用でおねがいします。」

とうとう話すか・・アシュベルに緊張が走る。


「わたし・・・」

「うん。」

神妙な面持ちでアシュベルはうなづく。

エレナ、君は一体何を隠しているんだ?

「実はおじい様と血が繋がってないんです!」

「うん。」

うん・・?いやいやいや、ちょっと待て。

そんな事を聞きたいんじゃない。

「おじい様が亡くなる前に聞いたんですけど・・」

エレナは瞳を少し落としたがすぐにアシュベルに向き直った。

ああ、よかった・・話は続くのか。

「この国の」

この国の・・

「姫なんです。」


「え?」

全く予想のしてない答えを聞かされ唖然とするアシュベル。

聞きたかったのはエレナのマナの事。

小さな体には小さなマナしか宿すことができない。それは周知の事実。

なのに彼女は出会った時から剣に闇魔力を宿したままなのだ。おそらく解除を忘れているのだろう。

しかしそんな事はあり得ない。そんなことをすれば魔力を枯らしてしまう。

そしてアシュベルの愛馬セルがあれほどすぐに懐いたこと。

不自然すぎる・・アシュベルですら慣らすには数日かかったというのに。

極めつけは先ほど見た闇魔法の具現化。小さなマナを持っている者にはあり得ない高等魔法。

・・それを知りたかったのに。

姫?

比べるものが違うが、何かもっと大きな話になってきているような気がする。


しかもアシュベルは貴族の出身、城の夜会に出た時王族の姿を幾度が見ている。

今は16歳の姫が王の代理を務めている。

この子が姫だというなら、どこかで見ているはずだ。


言葉を発さないアシュベルの前にエレナは左足を差し出した。

彼は自然にそれを手で受け止めていた。

「あっ・・済まない、勝手に触って」

「いえ、そのままで」

短パンから伸びるしなやかな下肢は指先まで真っ白で美しかった。

女性には慣れているはずなののアシュベルもこの行動には、少し動揺してしまった。

しかし頭を撫でられるのはだめで、足はいいのか・・。


「足裏を見てください。」

足裏・・?見ると魔術を使った複雑な円形の文様が刻まれている。

「確か、これは神官が使う魔術?」

「代々大神官にしか伝わらない魔術です。

もう話してしまったのだから、見てもらうしかない。」

エレナの言葉には毅然とした決意が感じられた。

魔術とは魔法とは異なるものでマナを持たないものが鍛錬により

身に着けられる能力だ。

「その円陣に触れて」

アシュベルは思い出した、王族に生まれた者にはその証が体に

刻まれるとか。


予定とは大きく異なる展開だが、ここまで来たらもうのるしかない。

アシュベルはその円陣にそっと手を触れた。


ゆらり・・と足元が不安定になった気がした。

違う、ここはどこだ、風景がセピア色になり見たことのない場所になっている。

辺りを見回してみると、若い男女が神官らしき者と対面している。

これは、この衣装は王と王妃が催事の時に身に着けるもの・・ということはこの方々は。

女性は赤子を抱いていた。その小さな足に神官が触れ、膝まづく。

そしてその左足をそっと取り、

「ここに王家の証としてエル・ローサ様に天からの永久の加護を願い御印しをお授けします。」

神官が何かを呟いた後、その赤子の足の裏に紋様が浮かび上がった。

それを嬉しそうに見守る男女の姿。


「何か見えた?」

エレナの声だ。目の前に黒い瞳をしたエレナがこちらを真っすぐに見ている。

「見えた・・」

そう発言するだけでアシュベルは精一杯だ。

「そう、わたしは自分で触れても何も見えないし感じない。だからそういう自覚は特になくて・・

でもおじい様がここの紋様の事を教えてくれたの。」

足を下ろしながらエレナは話す。

「これで満足?・・できれは誰にも明かす気はなかったんだけどな。

そして、この事には二度と触れてほしくないです。」


予定とは大きく違った。いや・・本当にそうか?

エル・ローサ。この名前には聞き覚えがある。3歳で賊に殺されたという話を聞いたことがある。

でも、その姫が生きて目の前にる。

アシュベルの中で引っかかっていた歯車が回り始めた。

彼女のマナの秘密も知りたい。

でもそれだけかと問われると今は違う感情が芽生え始めている・・

いや、とうに気づいていたのかもしれない。


さらわれた女性ののために一人で40人の盗賊に向かっていく強い意志。

気性の荒いセルへ悠然と近づいていく勇気。

初めて見ただろう妖魔に逃げもせず立ち向かう信念。

・・・興味だとか面白いだとか、そんな陳腐な言葉で自分をだましていた。

あったばかりのこの子に、いや、この方にどいしようもなく惹かれてる自分を認めるのが怖かった。



「一つ聞いても・・?」


「まだ何か」


「何故君は剣をふるうの?」


「決まっている、一人でも・・いえできれば全ての人を救いたいと思ったから。」


エレナの濁りのない何処までも澄んだ瞳。

自分の積もり積もった打算と嘘にそれは眩しすぎた。

本当は分かっていた、エレナの人を引き付ける力、いわゆるカリスマ性というやつだ。

腐りきった上官らの下に付き、小ばかにしながらも惰性でその能力を使っていた。

もう疲れ切っていた。・・・でも君が現れた。


「俺を君の・・いえ、姫の盾にしてください。」

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