第六話 誰もが己を理解しているわけではない
「やっぱりセルは早いですね、もう着きそう。」
エレナが訓練式に間に合うかと安心してほっとしている。
「・・・」
「アシュベル?」
「しっ・・」
珍しくアシュベルがひそめた声に緊張感がにじみ出ている。
エレナは辺りに五感を巡らす。
これは瘴気・・しかも改めて確かめてみると膨れ上がっているような・・。
妖魔はほぼ壊滅状態で大きな瘴気を出すとは考えられない。
「すまん、少し寄り道をさせてくれ。」
エレナも強くうなづく。
瘴気はどんどん膨れ上がっている、間違いない。
一刻もその元凶を探し出さなければ・・・!
瘴気の濃さは辿れるほどに秒速で膨れ上がってきている。
城の近くでこんな濃い瘴気が突然あらわれるなんて。
アシュベルの気が急いる。解せない・・ここら一帯城は城に近いこともありは毎日巡回を怠らない場所。
一日でこれほど瘴気が肥大化するとは考えらえられないが。
そこの道から外れたところか・・・。
一気に踏み込んだ先。
エレナはもとより近衛隊の隊長でもあるアシュベルすら息をのんだ。
これは・・何だ。
息も苦しくなるくらい瘴気が渦巻き、その中央にはぼこぼこと醜いゲル状の本体が
今でも膨れ上がっていくさまが見みえる。まだ完全体ではないのだろう、無数の目玉がゲル状の体に
埋もれながらぎょろりとこちらを見ている。
これは紛れもない妖魔。
しかも大きい。それがまだ巨大化している。
「エレナ、すまないがセルに乗って訓練所に報告に行ってくれ。」
「御冗談でしょう」
既に抜いた黒い剣を構えながらエレナは強く否定する。
「この膨張具合・・私が離れて一人で戦えば抑えが聞かなくなって飲み込まれますよ」
初めて見ただろう妖魔を前に、恐ろしく冷静な声だ。
前回の戦闘と言い、この年齢でエレナは少しも動じない。
そしてこの手の人間は一度言い出したら他人の言うことは聞かない。
「ならば、エレナは後方から援護を!」
エレナを傷つけるわけにはいかない。
ここはなんとしても俺が片付けなければ。
アシュベルが走り出した後をエレナも素早く合わせる。
炎を纏ったアシュレイの大剣が、妖魔を凄まじい勢いで切り刻む。
しかしゲル状のそれはすぐに再生し膨れ上がっていく。
「ちぃっ、やっかいな奴だな。」
気が付くと見上げてもその頭上が見えないほどになっている。
敵は紫色の液体を狙い撃ちしてくる。それが放たれた場所は土でも岩でも煙が出て溶ける。
アシュレイは敵からの攻撃を走りながら避けつつ、剣から炎の鳥を打ち付けていく。
それらは鋭く妖魔を貫き穴を開けていく。
やはり・・。
再生するとはいえ、それには少しばかり時間がかかるようだ。
それが分かるとアシュベルは先ほどよりも多く炎を打ち穴を開けていく。
まだだ・・まだ足りない。
まだ。
もう少し。
幾つもの穴が開いた時。
隙を見て、妖魔に剣を深く差し込むとマナから魔力を注ぎ込んだ。
そして剣から轟音を轟かせながら炎を放出させる。
その炎は先ほど開けた穴から穴へ勢いよく通り穴の大きさをさらに広げた。
アシュベルは開いた手をぐっと握ると、炎を操るその力で妖魔の体の
真ん中に集中させた。
今だ・・
「炎よ!燃やしつくせ!」
妖魔の体内の炎が爆発的に膨れ上がった。
アシュレイは敵を内側から焼き尽くす気だ。
これなら・・エレナも防御態勢をとって見守る。
妖魔の体は膨れ上がり、炎とともに散り散りになって木っ端みじんに吹き飛んだ。
さすがアシュベル。一人でたおしてしまうなんて。
エレナが安堵の表情をアシュベルに向けた時。
散り散りになったゲル状の一部がエレナの首に巻き付いた。
「エレナ!」
「ぐ・・っ」
そこには先ほどの目玉ではなく異様な瘴気を纏った真っ赤な異形の存在を放つ目玉がついていた。
それはエレナの首にピッタリ巻き付き締めあげていく。
意識が・・遠のいていく。
これがこいつの核か・・これを始末しなければまた限りなく増殖する!
アシュレイは剣を構え、エレナの首にとりついた目玉を切りつけたかったが、彼女を危険にさらしてしまうのは確かだ。
どうすれば・・・。
アシュベルの顔がぼんやり見える‥初めて見た、あんなに取り乱した顔。
無理を言って残った私が足を引っ張るなんて。
彼を危険にさらしてしまうなんて。
こんなところで死なせてはならない、死んでもならない・・なぜならわたしには・・!
その時。
エレナの見開かれた黒い瞳がひと際輝やくのをアシュベルは見逃さなかった。
「闇に咲きし薔薇よ・・・」
絞り出すように言葉をつづける。
「力を解放せよ!」
彼女の叫びと比例するように胸の辺りから無数の棘を持った美しい黒い薔薇のツルが左手をつたい、一直線に赤い目玉に巻き付く。
「吸い尽くせ・・!」
エレナのその声に呼応し、棘は鋭くのび目玉に深く突き刺さる。
薔薇は花びらを散らして空に消えると、そこには干からびた敵の残骸だけが残されていた。
「ごほっ・・」
エレナは喉をおさえ、剣を支えにようやく立っている状態だった。
アシュベルが駆け寄って彼女の体を支える。
今の魔法は・・?
彼女に聞きたいことは沢山ある。
しかし今は安静にさせることが先決だ。
それに居るはずのない妖魔のことも上に報告しなければならない。
大丈夫だと言い張るエレナを抱き上げると、セルに乗せて訓練場に急いだ。
医務室の扉が開き、治療師が出てきた。
「エレナの様子は?」
「全く問題ないですよ。横になられてますがご心配なら面会もできます。」
治療師は軽く会釈しその場を後にした。
アシュベルは扉の前に立ちノックしようとした手を一瞬ためらった。
彼女は賢い。
恐らくはぐらかされるだろう・・。
今までは退屈した日々の中、面白い少女を見つけたと思っていただけだった。
だが、今は知りたい・・彼女のことを。
「エレナ・・入ってもいいか」
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