第五話 巻き込まれていくのは誰のせい?

セルは予想以上の速さで森を崖を駆け抜け、あっという間に城下に入った。

「すごいよ、セル!なんて早さなの!」

その言葉に答えようとするように、ますます加速していく。

「無理はするなよ。」

エレナはセルに話しかける。その言葉にセルはますます期待に応えようと城下を駆け抜けていく。

この国にして最速の軍馬。その力強さと豪快な走りは他の追随を許さない。


気づけばまだ暗くなる前に、城の門の前についていた。


「わたしはエレナ、召喚状を受け、はせ参じました」

そしてアシュベルからのメモを門の兵士に渡した。

それを受け取った兵士は急に慌て出し、エレナに敬礼をして言った。

「お疲れ様であります!馬はこちらで・・預かり、うがっ」

・・うがっ?

兵士は馬を見て顔色が蒼白になった。

「これは、ア・・アシュベル様の軍馬・・ですよね」

あからさまな動揺。

この様子だといつもはアシュベルが馬舎まで引いているのかな。

「案内していただければ、私が引いていきますけど。よろしいですか?」

ホッとしすぎたのか兵士が崩れ落ちそうになっている。

セルはどれだけ暴れん坊さんなのか・・エレナは心の中で苦笑する。


なんて立派な厩舎・・声にこそ出さなかったものの、感嘆の声が漏れそうになる。

規模や造り馬の手入れに至るまで細やかに行き届いている。

大体ここに来るまでも何かの建物?をが幾つか通り過ぎて来たが、村生まれの

エレナにとっては興味深いものだった。

荘厳な装飾を施された建物に心奪われあちこち見てみたかったが、城の中で兵士が近くにおり

しかもアシュベルの軍馬セルに乗った状態では、と大人しく我慢しながらここまでたどり着いた。


「こちらです」

セル専用の馬房を兵士が指さした。

エレナはセルをそこに移動させたが、兵士は何も言わず、いや何か言いたそうに下をうつむいている。

「エレナ殿・・申し訳ないがセルの世話をしてくれないでしょうか・・」

兵士が頭を下げつつ厩舎のはしに立つ男に視線を送った。

それを見て男も駆けつけ同時に頭を下げる。

「わたしはここの馬たちを預かる身ですが、セルだけは・・」

馬を預かる身・・のプライドなのか落胆の色が隠せない。

この人いつもこんな思いしているのかな・・少し気の毒。

「任せてください、セルはアシュベルから貸していただいた貴重な存在。もともとやらせていただこうと

思っていました。」


「ふぅ、これで完了かな。」

夜も更けて静かだな・・。

干し草に体を預けて目を閉じる。

静かだ・・。

おじい様がどんな時も油断してはならないと言っていた城。

そこに入ってしまった。

おじい様は油断はするなと警告はされたが行くな、とはおっしゃらなかった。

なぜ危険だと思う場所に入ることを禁止されなかったのか。

まだわからない・・。

でもその時が来た時、恐らくわかることなのだろう、そんな気がする。


分からないと言えば、おじい様は死に際に何故あのような秘密をおっしゃったのか。

もっと前に打ち明けてくださればよかったのに。

__血がつながっていなかったこと。

あのような事露程に気にならないのに。私の気持ちは変わらない。

思い出すおじい様の大きな手、よく頭をなでてもらった。

なでてもらうとうれしくて・・。

いつの間にか眉間にしわが寄っているのに気づきエレナは額に手を当てた。


しばらくすると凄まじい睡魔が襲ってきた。

「あ・・れ。これ限界かも・・」

そう口にした瞬間にエレナは夢の中に入っていった。


・・・足音、近づいてくる?

まどろみながらエレナは自然と聞き耳を立てる。

その足音がすぐそばでぴたりととまり、何かがこちらに迫っている気配を感じた。

飛び起きるとエレナは剣を抜き戦闘態勢に入っていた。剣は抜かれ闇を宿して黒く光っている。

「おはよう、エレナ」

そこにはいつも通りの微笑みを浮かべるアシュベルがいた。

またもやエレナの頭を撫でそうになった・・手を下げるのが遅かったらもげていたな・・。


「アシュベル様申し訳ありません、ゲストルームにお通しをとの命令でしたが

エレナ殿がここで寝たいと申されて。お食事のほうもこちらで・・。」

昨日の兵士が必死に説明をしている・・そうか、セルの世話があったから食事も無理言って運んでもらって

その後寝てしまってい、確かこの人が起こしにきてくれたけど断ったんだった。

・・セルが怖かったのかかなり遠くのほうから声をかけられたけど。

「うん、わたしがお願いしたの。セルの傍にいたかったし」

「君って子はほんと面白いねぇ。あきないよ」

後ろ向きでくっくっくと笑いを堪えている、、が堪えられてない。


「湯殿の用意をしている、それと着替えも。あ、それから」

アシュベルが青いレースのベールをエレナに差し出した。

「君のその髪は目立ちすぎる、今巷ではちょうどこれが流行っているようでね。特に城や城下では

着けおいたほうがいい。」

「言うまでも迄もなくそこの二人も彼女の容姿については他言無用だ」

昨日の兵士と馬番のふたりにしっかりとくぎを刺す。

しかもにこやかに話しているあたりが怖い。

細やかに編み上げられたベール、ところどころに模様が入っている。

そういえば昨日助けた女性の一人もベールを付けていたっけ。

「綺麗・・」

「それと訓練はこの城管轄である西の訓練場で行われる。」

アシュベルの言葉にエレナは理解できないでいる。

「城の中で行われるんじゃ・・」

「訓練場はここから30分のところ。午後集合だよ。」

え・・今何時?

「まずいな、わたし訓練兵としての登録してないし、その話聞いてないんだけど。」

兵士が目を泳がせながら口を挟んできた。

「それは自分がやっておきました、メモの内容通り。」

「今から用意してぎりぎりかな~」

なるほど、アシュベルはいたずらが好きなようだ。

厄介な人と関わってしまったかもしれない。

いつも冷静沈着なエレナにしては顔が青ざめていった。



湯殿は広々と心地よく、まるで味わったことのない世界のように気持ちよかった。

しかし。いまそれを堪能している暇などない。

素早く体を洗うと用意された着替えに手を通す。

これって・・ベールの色に合わせて、しかも動きやすい仕様になっている。

アシュベルいつの間に・・。

しかしサイズもわからないのに、ぴったりな服をえらんできてるあたり・・。


「遅くなりました、いつでも出発できます!」

「じゃあ、いこっか」

セルに乗って手を差し出すアシュベル。

「アシュベル・・はお仕事が?」

いつもの笑顔でぐいっとエレナの手を引き上げる。

「大丈夫大丈夫。休暇届だしてきたから。君に変な虫がつかないか心配だしね。」

大丈夫を二回言ったところが怪しい。

近衛隊長がそんなに急に休みをとっていいのだろうか・・。

それに、虫って一体なんの虫なのだろう?

郷に入っては郷に従え、エレナはあえて口を出さなかった。

「それにこっちのほうが面白そうだしね」

「え?今何か言った?」エレナがセルの上にまたがりながら尋ねた。

「いーや、なんでもないよ。」


そう言うアシュベルはエレナの見えないところで意味ありげな笑みを浮かべていた。

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