第4話「上代先輩と一合千五百円はしそうな唾液と酒」

 上代先輩の指を舐める展開に魅力を感じている、否。

 上代先輩の唾液を口にすることができる事実に魅力を感じている、否。

「舐めろ」という言葉に興奮している、否。


「日本酒の匂いだ……」


 どれでもない正解は、指先から漂ってきた。先輩の指先から香るは、間違いない、日本酒特有の吟醸香であった。

 今にも滴り落ちそうな先輩の唾液を、舌ですくい取る。味わう。

 口に含んだ瞬間、果実のような香りが広がった。甘い、しかし甘味料のような後引くしつこさのない爽やかな甘みだ。香りを堪能しつつ、先輩の唾液を口の中で転がす。主張の強い香りに対して、味はすっきりとしている印象。舌触りは軽く柔らかで、アルコールが刺さるような感覚は少しもない。降り始めたばかりの雪のよう、舌に触れた瞬間溶けて消えていく。心地の良い甘さと飲みやすさだけが記憶に焼き付く唾液だった。

 唾液、だが、日本酒だ。

 間違いない。


「どうよ?」


 先輩は俺を見ている。挑発的というべきか、挑戦的というべきか、今まで見たことがない表情だ。もしかしたら少しくらいは恥ずかしいのかもしれないが。何にせよ、わずかに頬が紅潮している。


「これ、めちゃくちゃ美味いですね」


 素直な感想を伝える。そこらの居酒屋で飲んだら、一合で四桁円は間違いない。それくらいの金額を支払っても後悔がないくらいの美味しさだった。


「もっと呑みたい?」

「呑みたいです」

「へぇ、そうなんだ。もっと呑みたいわけか」


 俺の言葉を反芻する。妙に楽しそう、かつ上から目線の先輩だった。普段とは方向性の違う気分の上がり方をしていそうだが、日本酒になったことが原因だろうか。

「じゃ、そうね……」と少し考え込む動作をしたあと、


「僕は先輩の唾液の虜です、もう一度舐めさせて下さいませんか、って言って」

「僕は先輩の唾液の虜です、もう一度舐めさせて下さいませんか」


 完璧に完全に間髪入れずに繰り返した。


「躊躇はないわけ?」

「美味いんで」


 あの唾液が飲めるなら、だいたいのことは許容範囲だ。

 先輩は「ぐぬぬ」とでも言いたげな顔でしばらく俺を睨みつけていたが、


「……まあいいや。ほら、いっぱいあげるから顔出して」

「よし、分かりました」


 いっぱいあげるという発言につられて、顔を近づける。上代先輩は口を開けて、唾液のたっぷり溜まっている様子を俺に確認させて、口を閉じて。

 唇を合わせるように、顔を寄せた。

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