一
室生犀星は1889年、石川県は金沢に命を受けた詩人であるが、後年は小説への転向を宣言して数々の作品を発表した。
とは言えその後も詩作は続けており、晩年に至るまで詩集・歌集を精力的に出し続けている。本稿で語る「小景異情」は、転向前に出版された第二詩集『叙情小曲集』に収録された作品である。
犀星は私生児として生後すぐに養子に出されたという来歴もあり、実の両親に対しては複雑な感情を抱いていたらしく、後年の作品にもその影響を見て取ることができる。また上京後、詩人として北原白秋に才能を見出され、その後は萩原朔太郎とも親交を結んだ。朔太郎に関しては「珍しいものをかくしてゐる人への序文」と題して彼の詩集へ寄稿するほど関係は深かったようである。
それ以後は東京と金沢を行ったり来たりしつつ、同人誌や雑誌に作品を発表し続けている。「小景異情」はこの頃に創られたものであり、自らの「ふるさと」に対する思いを歌ったものとされる。以下、冒頭である。
その一
白魚はさびしや
そのくろき
なんといふしほらしさぞよ
そとにひる
わがよそよそしさと
かなしさと
ききともなやな雀しば啼けり
ここでは詩の起点となる感情として「よそよそしさ」が歌われていると考えて良いだろう。この疎外感――自らが異人(stranger)であるかのような感覚、居場所を失っているかのような心許なさからこの詩は始まり、それが「かなしさ」へ繋がる形で(或いは同時に)「ふるさと」への思いを歌う「その二」へと続いていく。
その二
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
既にお分かりいただけている方も多いかとは思うが、ここで問題となり得るのは「都」「みやこ」が一体どこを指しているか、という点である。言い換えれば、この「小景異情」はどこで歌われているのだろうか。
これに関しては諸説あり解釈の分かれるところではあるが、本稿ではここについては一切の解釈を提示しない。ただ、「ふるさと」に関する作品として読みを試みるのみである。よって、反復によって強調される「かへらばや」を手掛かりとして、続く「その三」へと向かいたい。
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