室生犀星『叙情小曲集』より「小景異情」 ――入門・奔流なるもの

本文


  小景異情



   その一


白魚はさびしや

そのくろきはなんといふ

なんといふしほらしさぞよ

そとにひるをしたたむる

わがよそよそしさと

かなしさと

ききともなやな雀しば啼けり


   その二


ふるさとは遠きにありて思ふもの

そして悲しくうたふもの

よしや

うらぶれて異土の乞食かたゐとなるとても

帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに

ふるさとおもひ涙ぐむ

そのこころもて

遠きみやこにかへらばや

遠きみやこにかへらばや


   その三


銀の時計をうしなへる

こころかなしや

ちよろちよろ川の橋の上

てすりにもたれていてをり


   その四


わが霊のなかより

緑もえいで

なにごとしなけれど

懺悔の涙せきあぐる

しづかに土を掘りいでて

ざんげの涙せきあぐる


   その五


なににこがれて書くうたぞ

一時にひらくうめすもも

すももの蒼さ身にあびて

田舎暮しのやすらかさ

けふも母ぢやに叱られて

すもものしたに身をよせぬ


   その六


あんずよ

花着け

地ぞ早やに輝やけ

あんずよ花着け

あんずよ燃えよ

ああ あんずよ花着け






室生犀星著、自選『室生犀星詩集』(岩波文庫)1955、14-18頁。

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