外界の閉鎖


 さて、この物語は、介護人として「提供者」の世話をしている女性、キャシーの独白と回想によって展開される。


 彼女たちはヘールシャムという施設で生まれ育ったのであるが、読み進める内に施設の風変わりな慣習が浮かび上がり始め、比較的早い段階で、「ヘールシャムとは臓器提供のために作られたクローン人間の養殖場である」という事実が明かされる。


 衝撃的な事実である――私個人の意見を差し挟むのは控えるが、一般的に考えれば倫理的に許されない暴挙であると言えるだろう。人権もへったくれもない。彼女たちに認められているのは、臓器提供に支障が出ない範囲での権利しかないのである。よって、喫煙などは一切許されない。


 勿論、作中でもこのような現実を非難する態度の人々は登場する。後に明かされるが、ヘールシャムという施設自体も、そういった考えに反省を持つ人々の手によって運営されていたことが描かれている(ヘールシャムにおける待遇は、他の「施設」と比べると格段に良いものである)。


 しかし、こういった反省は多数派の意見ではない――外界に住む多くの人々は、自らが享受している科学技術の恩恵が何に由来しているものなのか知りたがらない。つまり彼らは、治療に用いられる臓器が「真空に育ち、無から生まれる(401頁)」と「信じたがった(同上)」。ここに、上述した一つ目の閉鎖が姿を現している。


 後にヘールシャムが(文字通りに)閉鎖されたと語られるのは象徴的だ。それは結局のところ、「提供者」たちが自分たちとは違う人間であるという、そもそも人間だとは認めたくないという、外界の閉鎖的意志がはたらいた結果であると言えるだろう。

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