内面の閉鎖


 第二の閉鎖――内面の閉鎖と称する――は前章で述べたものとは事情が異なるため、それを論じる前に『わたしを離さないで』の形式について述べておきたい。


「この物語を読み進める読者も又、無意識のうちにキャシーたちヘールシャムの生徒が自分たちの事を学んでいったように、彼らの事を学んでいくこととなる(中村、35頁)」 と述べられる通り、この作品は主人公であるキャシーが第三者に向けて語りかけ、自らの体験を告白するという形式を取っている。すなわち、「内面の閉鎖」とは、自らの記憶を閉ざし封印することではない。


 前章で言及した通り、ヘールシャムは閉鎖されるのであるが、そこで体験した出来事やそれにまつわる記憶を(特にキャシーは)大切に思っていることが作中で描かれている。


 本作のタイトルからも、そういった意味合いを読み取ることができるだろう。つまり『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』には、旧い時間を大切に抱きしめながら、自らも思い出の中に抱きしめられていたいというキャシーの意図が含まれていると言える。ここに第二の閉鎖、内面の閉鎖がある。


 介護人としての役割を優秀なまでに全うしながら、或いは全うしているが故に、独白から読み取れるキャシーの心はいつでもヘールシャムで過ごした時間の中にある。友人たちとの関わりの中に、感傷というクオリアの中にある。


 作中にモチーフとして「宝箱」が登場するが、その点を考えれば意味は明白であろう。キャシーは自らの宝箱の中に「ヘールシャムでの時間」をしまい込み、後生大事に持ち歩いているのである。言わば、自らの記憶を外界から閉鎖している。


 同じくヘールシャム出身である、キャシーの友人ルースは、あるとき宝箱(物質としての)を捨てたことが語られるが、キャシーはそれを自らの意志で捨ててはいない。これも象徴的である。


 故にヘールシャムが閉鎖されたと耳にしても、すでに思い出を現実から閉鎖して守っていたキャシーはそれほど驚かず、思い出自体も実際の閉鎖に傷つけられることはなかった。そうした記憶を宝箱からそっと取り出し、しばしば手に取って眺める――それがキャシーの実存であり、この物語そのものであると言えよう。

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