カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』 ――「閉鎖」の心理

はじめに


 2017年、カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した一連の出来事は、多くの人にとって未だ記憶に新しいと思われる。


 日本においては不思議な立ち位置を与えられている作家である――生まれは日本であるものの、幼少期、父親の転勤に伴ってイングランドに移住した後、1983年にイギリスへ帰化している。「カズオ」という名に親近感を覚える方は多いであろうが、上記の出自もあってか、作風は日本の小説家と似ても似つかない。


 帰化の前年、1982年に『女たちの遠い夏』(邦題は後に『遠い山なみの光』と改題)で作家デビューを果たすと、1989年には第三作目となる『日の名残り』でブッカー賞を受賞した。その他にも数ある賞を獲得している、イギリスでは名実ともにトップに位置する作家の一人である。


 さて、話を戻してノーベル文学賞の受賞理由であるが、Wikipediaを参照するところによると(正式な論文ではないのでご容赦いただきたい)、「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」とある。これに関しては私も同意したい。


 しかし、一口に「幻想的感覚に隠された深淵」と言われても何のことだか分からないかも知れない。捉えようによっては、何だかそれらしい言葉を並べ立てているだけのようにも思われるだろう。


 よって初回となる今回は、上の言葉が具体的にどのような感覚を意味するものなのか、第六作目である『わたしを離さないで(原題:Never Let Me Go)』を例にとって考えたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る