生き地獄管理人
利根川
第1話
「この世は生き地獄だ」
日下部満はバイトに向かう駅のホームでいずれ来るだろう電車を待っていた。
齢23にして魂の脱け殻のようになり、今にもホームを行き交う電車にでも飛び込んでしまいたい。
飛び込めさえすれば働くことも食うこともせずに済む、生きるのはただじゃない。
そんな事を考えてもできるわけもなく、今日も死に損ない、故に生き地獄なのだ。
ふと左腕に嵌めた兄からの御下がりのg-shockに目をやる。
〈7時50分〉バイト先の書店に着くまでは充分な時間がある。
別に真面目なわけじゃない。
虚ろにこの地獄を味わってはいるが、この世界のルールやモラルくらいなら会得しているつもりだ。
ポケットに手を突っ込んで、目にまでかかる前髪越しに、ぼーっと線路の枕木を眺め、迎えの電車を待っている時だった。
「プァァァン!!!」
鼓膜をつんざくようなけたたましい警笛がなり響き、びくっと身体が反応し、音の方向に目をやる。
その瞬間、満の視界はスローモーションに切り替わる。
真っ赤なワンピースに麦わら帽子の女性だった、膝を抱え、小さく丸まったまま空中で静止している。
満の目には、その丸まった姿が、まるで真紅の球体のように見えた。
その刹那、
「ドォォォン!!!」
鈍く、腹の底が震えるような音だった。
彼女は、まるでボールのように弾き飛ばされ、真っ赤な肉の塊となってしまった。
「ぎゃぁぁぁ!!」
時が止まったような沈黙を破り、悲鳴が聞こえてきた。
「離れて下さい!!!」
駅員が大勢やってきて、人混みをかき分け、侵入禁止のコーンを設置していく。
慣れた動きのように見えた。
辺りには彼女から吹き出したであろう血や、肉片が散乱している。
周囲の乗客達は、自分達が目にした物の余りの悲惨さに嗚咽し、悲鳴を上げている。
衝撃に耐え兼ね、その場に倒れ込んでしまった老人は、駅員に介抱され、涙をながしている。
すぐに警察がやってきて、乗客達の退避を促す、一度ホームは立ち入り禁止の状態となり、全ての電車の侵入が拒否された。
「いやな紅だったな」
まるで死ぬ前から紅い血を纏ったような、ワンピースだった。
死装束として何故選んだのだろう。
一体何が彼女を動かしたんだろう。
満は、躊躇なく死ににいく彼女の姿が頭から離れなかった。
この、生き地獄から出た彼女は今何を思い、何処へ向かったのだろう。
「ブー、ブー、ブー」
ポケットの携帯が震えている、はっと時計に目をやると〈8時12分〉、我に帰り電話を取る。
「日下部君、今日シフトはいってるよね?」
バイト先の店長だった。
今目の前で起きた事を端的に伝える。
「あー、じゃあ今日は休んでいいよ、どうせ電車も止まってるんでしょ?」
「いえ、歩いて向かえば、一時間程で到着できますが」
「いーよ、いーよ日下部君が来なくたって店は回るから!」
まるで厄介者のように店長は言うと、プツッと電話が切れた。
満は、不満そうに携帯をポケットにしまう。
「あーあ」
またこれだ、厄介払いされるのには慣れていた、中学のバスケ部の時だって、高校の文化祭だって、いつもそうだった。
そうだ、世界は俺を拒絶してるんだ。
「もう、死のう」
小さく呟いた時だった。
生き地獄管理人 利根川 @yun0426
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