第13話 興味

 週が明けて平日二日目の火曜日。今日は初めてすずと同じ講義が受けられる日なのだ。二人とも二時間目からの講義なので、朝はゆったりとして家を出た。学校の正門をくぐったところですずと別れたあとは、先週と同じようにメディア学科棟へと向かう。


 タクとヒロの二人を見つけて講義を受けてお昼ご飯を食べ、ようやくすずと一緒に受けられる四時間目の講義の時間がやってきた。


「じゃあぼくはこれで」


「あれ?」


「えっ……、もう帰るの?」


 二人にはすずも同じ講義を受けることを内緒にしていたのに、ヒロは三時間目が終わって帰るらしい。ちょっとしたサプライズですずを紹介しようと考えていた僕にとって、全くの予想外の出来事だ。


「いやいや俺ら三人でチームでしょ、マジで帰っちゃうの!? せっかく三人まとまってきたところなのに。……わからないところ誰に聞きゃいいのさっ!?」


「えええー……」


 一気にまくし立ててくるけれど、結局本音は最後の一言じゃないのかな。ヒロも微妙な表情になっているところを見ると、僕と同意見なんだろうか。だけど引き留めるわけにもいかないよね……。しかもすずを紹介するからっていう理由なんて、全くもって説得力に欠ける。別にこの講義の時じゃなくてもいいわけだし。


「……いやそこは自分でがんばってみようよ」


 ヒロへの言葉を飲み込んで、タクにはジト目を向けておく。


「いっちーに聞けばいいんじゃないかな。……それにぼくも数学は苦手だし」


 あぁ……、ヒロは苦手だから四時間目の『線形数学1』を取ってないのかな。必須科目じゃないし、苦手なら避けるのもありなんだろう。すずも一年の時取ってなかったみたいだし。


「はぁ……、しょうがない。ここはいっちーにがんばってもらうか……」


 僕たち二人のセリフの都合のいいところだけを拾ってため息をつくタク。いやそこは自分でがんばってよ。


「あはは……、じゃあまたね」


「また明日」


「またな」


 苦笑いをしながら帰路につくヒロを見送りながら、僕たち二人は次の教室へと向かった。




「誠ちゃん、こっちこっち!」


 教室へと入ってしばらくキョロキョロしていると、真ん中のやや右後方の席からすずが声を掛けてきた。


「……はい?」


 目を丸くするタクを放置して、手を振りながらすずが座る席へと歩いて行く。すずは三席繋がった長机の端に座っており、反対側の席は荷物を置いて場所を取っておいてくれたみたいだ。


「お待たせ」


 ヒロを見送ったからか、ギリギリになってしまった。荷物をすずに手渡して長机の真ん中に座る。また先生は来ていないようだけれど、タクが慌ててこちらに向かってくる。


「こんにちは」


 ふとすずの方から、すずでない声で挨拶の声が聞こえてきた。がさごそと背後でタクが座る音を聞きながら、声が聞こえた方へと顔を向ける。


「キミが噂の誠一郎くんかしら」


 すずの後ろにいた女の子が、僕を興味深そうに見つめている。よく見ればすずの後ろには、他にもう一人女の子がいるようだ。


「えっ?」


「あはは、かわいいねぇ」


 ウェーブのかかった黒髪を胸元まで伸ばした清楚系な女の子と、少し赤みがかったショートヘアーの活発そうな女の子だ。


「ごめんね。二人がどうしても誠ちゃんを一目見てみたいって言うから……」


 少しだけ申し訳なさそうな表情だけれど、すずのその言葉でなんとなく理由がわかった。たぶん二人はすずの友人なんだろう。だとすれば、僕の事が気になっても仕方がないと言うものだ。


「えーっと、僕が黒塚誠一郎です」


「えっ? なになに? どういうこと!?」


 後ろでタクが騒ぎ出すけれど今はスルーだ。


「もしかして後ろの子はお友達?」


「あ、はい! 桐野江きりのえ拓斗たくとって言います! タクって呼んでください!」


 と思ったけれどスルーはできなかった。話しかけられたタクが、よくわかってないだろうにここぞとばかりにアピールしている。……が、そこでちょうど四時間目が始まるチャイムの音が鳴る。


「……鳴っちゃった」


「あらら、残念。……すずちゃん、ありがとね」


 ショートヘアの女の子が肩をすくめて足元に置いてあった鞄を拾い上げると、隣の女の子もそれに続く。


「じゃあ誠一郎くん、またね」


「タクくんもまたねー」


「は、はい!」


 笑顔で去っていく二人に元気よく手を振るタクを視界に入れながら、僕も苦笑して応える。


「今の二人は?」


 想像は付いていたけれど念のためすずに確認してみると、案の定友人と言うセリフが返ってきた。ということは僕らの先輩になるわけだ。そういえばすずの友人というと、野花さんしか話題に出たことはなかったような気がする。だけどさすがに一人だけってことはないよね。他にいたとしてもおかしくはない。


「えーっと、タクくんだっけ」


「はい! 覚えていてもらえるなんて嬉しいです!」


 なぜかテンション爆上げなタクを華麗にスルーすると、すずは周囲を見回してもう一度僕へと視線を向ける。


「そういえばもう一人友達ができたって言ってたけど、今日はいないのかな?」


「あー、あいつ三時間目が終わって帰っちゃったんですよね。まさかすず先輩に会えると知ってればもうちょっと引き留めたんですけど……。いやでも、今回の場合はライバルがいなくてむしろよかったのか……」


 後半は何やらブツブツ呟く形ですずに答えているけれど、まぁそういうことだ。ヒロはすぐ帰っちゃったからいないのだ。


「あら残念。挨拶でもしておこうかと思ったのに」


「あはは……、そこまでしなくてもいいと思うけど……」


 苦笑しているとちょうど先生が教室に入ってきた。教卓から先生の挨拶が聞こえてきたかと思うと、四時間目の講義が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る