第11話 侵入者
撮影の準備をすべく衣裳部屋へと向かう。ステージ脇の奥へと続く通路を通り抜けると、いくつか部屋がある。衣裳部屋Bと書かれた部屋に入るけれど、珍しく人がいなかった。いつもならスタイリストの
「あれ……?」
ハンガーラックには着替える衣装が番号付きで掛かっているので、問題はないけれど。
「とりあえず着替えるか」
着替えてスタジオに戻ってくると、ステージを挟んで反対側にいる人物からちょいちょいと手招きをされた。なんだろうと思ったらカメラマンの
「あ、おはようございます。とりあえず一番って札の貼ってあった服を着てきたんですけど、これでいいですか?」
「ああ、おはよう。それで大丈夫だよ」
「おう、じゃあ始めようか」
まだ菜緒ちゃんは着替え終わっていないようだけれど、もう始めちゃっていいのかな? 最初は僕から撮影なのかも?
疑問に思いながらもステージへと上がると、湯崎さんも一緒に上がってきた。
「あれ?」
「こら、動くんじゃないよ」
ますますよくわからなくて首を傾げていると、湯崎さんの注意する声と共にシャッターとフラッシュの音が響く。
「えっ?」
「じっとしてな!」
僕の襟元を直していた湯崎さんから、またもや注意が飛んできた。
「がっはっはっは!」
神原さんが耐えきれなくなった様子で笑い出す。
「まぁまぁ、そのまま撮られておいてくれよ。事前準備から撮影することになってるからよ」
カメラのシャッターを切る動きは止めずに説明してくれるけれど、そういうことは事前に言っておいて欲しい。
「ははっ、アンタなら面白い反応してくれるはずだって監督が言うもんだからね」
「いやいや、面白い反応ってなんなんですか」
「そういう反応の事じゃないかい?」
「えぇ……?」
まったくもって監督の言う面白いことがよくわからない。だけど今この瞬間も撮影が続いているんだ。呆けている場合じゃない。
ようやく仕事中だと言うことを意識して気を引き締めるけれど、僕の服装チェックはほとんどが終わっていたようだ。
「はい、できあがり」
「ありがとうございます」
そして僕の準備撮影が終わった頃に菜緒ちゃんがやってきた。
「お待たせしました」
淡いピンク色の超ミニのキュロットスカートに、素足でヒールが低めのミュールを履いている。トップスはワンポイントの入った真っ白のTシャツで、襟元にフリルがついている。大きめのつばのあるハットをかぶっていてまさに夏といういで立ちだ。
もちろんメイクもばっちりだ。丸眼鏡を掛けていない顔はほっそりとしており、釣り目がちだが意志の強そうな瞳が印象的だ。ボサボサだった髪も軽くウェーブが掛かっており、もっさりとした印象がなくなっている。
「よし、揃ったところで、始めましょうか」
ステージからやや離れたところにいたらしい監督が、こちらに近づいてきて撮影開始を告げてきた。
……いや僕はもう始まってたみたいなんですけれど。
「じゃあ菜緒ちゃんもよろしくね」
「はい」
そこからはいつもの撮影が始まった。基本は菜緒ちゃんと二人での撮影だけれど、一人が着替えている間は、一人だけの撮影になることもある。でも今回は着替えた後に、スタイリストさんに服装を整えてもらうところも撮影対象のようだ。僕だけかと思っていたけれど菜緒ちゃんもだった。
「カメラ意識せず自然な形でね!」
監督から飛んでくる指示に従いながら撮影をこなしていく。どうも撮影中は気分が高揚して、自分が物語の主人公になったような気持ちになる。それはいつものことだけれど、撮影中のモチベーションとしては大事だと思っている。
それに、これからは自分一人じゃないんだ。すずと二人で生きていくんだから、僕ががんばらないと。
「そうそう、一秋くん、いい感じよー!」
次々とポーズを決めながら撮影が進んでいく。と思っていたら、スタジオの入口あたりが騒がしくなってきた。照明とフラッシュの光でよく見えないけれど、スタッフの一人がこっちに向かって走ってくる。……というか、何かを追いかけてるんだろうか?
「ちょっと……! 待ちなさい!」
「にゃーーー!」
「うわっ!」
こっちに走ってくるスタッフさんに気を取られていたら、すぐ足元を鳴き声を響かせて何かが通り抜けて行った。――と同時にカメラのフラッシュが光る。
「ひゃっ!」
びっくりしたのか菜緒ちゃんからも変な声が漏れたかと思うと、僕の服の裾を掴んでくる。通り抜けた何かも、フラッシュに驚いたようで菜緒ちゃんのすぐ横を駆け抜けるように進路を変えたように見えた。
「な、何!?」
スタッフさんがステージを避けて追いかけていく方向を見つめながら、鳴き声を思い出してみる。
「猫っぽい鳴き声だったね……」
「……猫?」
それにしても、撮影中に猫が乱入するとかあるんだ……。
「あー、猫っぽいなぁ」
神原さんがカメラの画面を見ながら呟いている。もしかして写ったんだろうか。
「そうなんですか」
カメラを差し出してきた神原さんに、僕と菜緒ちゃんも一緒になって画面を覗き込む。そこには真っ黒な猫がはっきりと写っていた。
「あ、かわいい」
「捕まえたー!」
三人でしばらく画像を見ていると、スタッフの声がステージの奥から響き渡った。奥から写真と同じ黒い猫が、スタッフさんに両脇を抱えられて出てきた。
「びっくりさせないでよ、もう」
僕らにお腹を見せる形で両脇を抱えられた猫は、暴れることなくこっちを見つめてくる。ふてぶてしい態度にどこか感心するとともに、その猫の顔を見て僕は顔を顰めた。
「片目が……」
その猫の左目には三本のひっかき傷があり、どうやら見えていないようだった。
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