第7話 視線

「長い……」


「だな……」


「思ったより疲れた」


 一時間目の講義が終わり、その休憩中。僕たち三人はちょっとだけぐったりしていた。というのも、大学の講義の九十分間を初体験したばっかりなのだ。高校の時の五十分授業とはまったく違った。


「ところでさ……、あそこにいる女の子に見覚えない?」


 片づけをしていると、タクが声を潜ませて前方左側の席を指し示す。そういえば講義中にちらちらとこっちを見ていたようで、視線は感じていた。


「うーん、見覚えはないかな」


「ぼくも……」


「そうかそうか! じゃあもしかして、俺を見ていた可能性もあるってことだな!」


 眉を顰めるヒロに対して、タクはすごくポジティブだ。自分たちが見られていた理由について、ネガティブなイメージは思いつかないらしい。僕自身は仕事をするようになってから見られることが多くなったので、視線を向けられてもあんまり気にならないようになった。でもヒロはそうでもなさそうだ。昨日絡まれたことを思い起こせば、あんまり注目されるのは嫌なのかもしれない。


「なんでそうなるのさ?」


「いや知り合いだったら単純に知ってる顔を見てたってだけだろ? そうでなくてこっちを見てたってことは、もしかしたら俺に興味がある可能性が……、なきにしも非ず!」


 タクの思考がイマイチわからなかったので聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。ホントにポジティブだ。

 改めて斜め前方の女の子に視線を向ける。ポニーテールにした髪は肩くらいまでだろうか。小柄な体格の後ろ姿で、耳元を見れば眼鏡が掛かっているように見える。

 ……ふと女の子がこちらを振り向くと、目が合ってしまった。直後にビクッと反応したかと思うと、すぐに視線を逸らされてしまう。


「ちょっ……、今目が合ったよな? いやもうこれ確定でよくね? いよっしゃ、決めた。俺は大学生活で、彼女を作るんだ……!」


 何やら握りこぶしを作って小さい声で宣言するタク。いやまぁ、気合いを入れるのは自由だけれど、ちょっと先走り過ぎじゃないかな……。あの子が誰を見ていたかはともかく。


「それよりも、次の講義はどこだっけ。早く行かないと遅刻しちゃうよ」


 すでに筆記用具を片付け終わったヒロが、僕たちを急かしてきた。周りを見ても半分以上の学生はすでに教室を出て行ったようでいなくなっている。


「おっとそうだった。次は何の講義取ってたっけ?」


「次はプログラミング演習Ⅰだって」


「必須科目だからみんな一緒じゃないかな」


 受講申請用紙に付属の詳細プリントを取り出して次の講義の場所を確認すると、演習室Ⅰと記載があった。場所は二階の奥の教室らしい。基本的に大きい教室は建物の真ん中に集まっているけれど、演習室は端っこなのか。


「じゃあ行こうぜ」


 気づけば前に座っていた女の子もいなくなっている。僕たち三人は連れ立って演習室へと向かった。




「うおぉぉ、すげぇ……」


 演習室に入った瞬間、タクが声を上げた。


「うん……、すごいね」


 ヒロの声もするけれど、僕も同感だ。

 一時間目の講義も一年生のほとんどが集まっていたと思うけれど、それよりも演習室の方が広かった。というのも、各座席にパソコンが一台ずつ設置されているのだ。それがずらりと並んでいる風景は圧巻だった。

 ちらほらと学生が座っているけれど、席順とか決まってるんだろうか。


「ホワイトボードに何か書いてあるぜ」


 と思ったらタクから教壇の後ろに席順が書いてあると教えてもらった。学籍番号順みたいだけれど、名前の順で振られている。


「えーっと、僕は二列目かな……」


「ぼくは三列目みたい」


 ヒロとは別れて自分の席へと向かう。タクも僕と同じ二列目みたいだ。うろうろしながら自分の番号が書かれている席へと座る。


「あれ、いっちー隣か」


「ホントだ。僕たち学籍番号隣だったんだ」


「いやまったく気づかなかったな。改めてよろしく!」


「うん、よろしく」




 プログラミングの講義はあっという間に終わった。最初は『Hello World!』という文字列を表示するだけのアプリケーションを作っただけだけれど、プログラムを組むという今までにない体験は面白かった。

 意外だったのがタクだ。個人でもプログラムは作ってたみたいで、終始つまらなさそうな表情をしていた。『必須だから仕方がねぇな』とぶつぶつ言っていたけれど、何かわからないことがあったらすぐに聞ける人物が側にいると安心だ。


「腹減った! よしいっちー、食堂行こうぜ!」


 隣の列にいるヒロにも声を掛けて食堂へと向かう。二階奥の演習室から食堂まではちょっと遠いものの、広い食堂はそうそう満席になったりしないだろう。演習室のあるメディア学科棟を出て、食堂のある事務棟へと向かう。案の定人がいっぱいだ。


「俺は四川風ラーメンにするかな……。いや鶏南蛮定食も捨てがたい……。そういえばここの食堂って結構有名なんだってな? 昔ニュースにも載ったって聞いたことあるぜ」


「そうなんだ。ぼくはカレーにしようかな」


「じゃあ僕は唐揚げ定食で」


 蘊蓄うんちくを垂れるタクを半ばスルーしつつも、それぞれカウンターで注文する。


「あ、黒塚くんだ。こんにちは」


 そしてトレイにお昼ご飯を乗せて空席を探していると、同じマンションに住む野花さんに声を掛けられた。

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