第4話 健康診断

 話を聞いたところ、時谷くんも現役合格で、僕と同い年らしかった。僕自身はアニメの内容はよく知らないけれど、お互いに知ってる音楽があるというだけでちょっと仲良くなれたような気がする。趣味の中に少しだけ共通点があっただけではあるけれど、知っている顔のほぼいない場所だと特にそう思う。


「えーっと、次は身長と体重だっけ」


「みたいだね」


 説明会のすぐあとは健康診断だ。いくつか検査を回ったところで、とうとう身長を測るときがやってきたのだ。いつもはきちんと身長が伸びているかどうかドキドキしていたのに、もうそろそろ慣れてきてしまった感がある。身長が低いなりに需要はあると気づいたせいもあるかもしれないけれど。


「それにしても……」


「うん?」


 身長を測る列に一緒に並ぶ時谷くんが、僕の頭頂部あたりに視線を固定させながら話しかけてきた。……ちょっとどこ見てるのかな。なんとなくわからなくはないけれど、時谷くんだってそんなに変わらないよね。


「黒塚くんって、ぼくとそんなに身長変わらないよね」


「そうみたいだね」


 改めて僕も時谷くんを眺めてみるけれど、確かに身長はあまり変わらない。でもどっちかと言えばやっぱり、僕の方が低い気がするんだよね。それが時谷くんもわかってるのか、なんとなく勝ち誇ったような表情になっているのだ。

 でもまぁ、僕のおかげで時谷くんが最下位じゃないと確信が持てるんであれば、それはそれでいいことじゃないかな。以前の僕ならこんな考え方はできなかっただろうけれど、今の僕にはそれくらいの余裕はあるのだ。


「はい次の人」


 とうとう僕の順番が回ってきた。台の上に乗って背筋を伸ばすと、上からバーが降りてくる。


「……155.8センチですね」


 係の人が僕の身長を無情にも告げてくる。えーっと、確か去年測った時は155.5センチだったと思うんだけど……。ぜんぜん伸びてない? いや三ミリは伸びてるけれど、これって伸びた内には入らないよね。

 トボトボと身長計から降りると、後ろの時谷くんと交代する。


「157.3センチです」


 ボソッと告げられた言葉が耳に入ると同時に口角が上がる時谷くん。かすかにだけれど聞こえてしまったその身長は、僕を凹ませるには十分だった。ある程度予想はしていたけれど、実際に数字として聞かされると萎えるね。前向きに考えられるようにはなったけれど、ダメージがゼロというわけにはいかないようだ。


「あれ? トッキーじゃん?」


「お、ホントだ。お前もこの学校受かってたんだ」


 若干嬉しそうな表情で計測を終えた時谷くんが、横から掛けられた声に振り向く。もしかして高校の時の友人なのかな? 僕の場合は仲のいい友人全員、他の大学に行っちゃったから羨ましい限りだ。


「あ……、うん」


 ぎこちなく小さな声で返事をする時谷くんだったけれど、なんだか挙動がおかしい。初めて僕と話したときもそうだったけれど、友人に対してもそうだったのか。


「あっはっはっは! 相変わらず小っせぇなあ」


 耳にピアスをぶら下げた金髪の男が、ガシガシと時谷くんの頭を乱暴に叩く。小さいと言うのは身長なのか声なのかはわからないけれど、友人……ではないのだろうか?


「相変わらずアニメばっかり見てんのか?」


 ニヤニヤと笑顔を張り付けて聞いてくる二人を見て、なんとなく友人じゃないという思いが強くなってくる。高校時代に仲の良かった友人にはよくからかわれたけれど、今みたいに悪い感じはしなかった。


「二次元の嫁とは結婚できましたかー?」


「ぎゃははははは!」


「……」


 時谷くんをからかって大爆笑する二人組を見て、これは絶対に友人じゃないという確信を得た。もはや悪意しか感じられない。冷めた目で二人を見ていると、近くにいた僕にも気がついたようだ。


「おぉっ? もしかしてトッキーの友達?」


「マジで? ってかコイツの方が小っせぇな!」


「いつの間に仲間ができたんだよ」


「もしかしてお前もアニメ好きだったり?」


「お互いに嫁自慢してたりして!」


 僕の反応も見ずに勝手に盛り上がる二人組。僕の方が小さいのは事実だからまぁいいとして、嫁自慢ってなんだよ。僕自身は二次元の嫁文化は否定しないけれど、それにしてもコイツラはちょっと馬鹿にしすぎだろう。


「ご、ごめんね」


 時谷くんが俯き加減に謝ってくるけれど、時谷くんは何も悪くない。


「別にいいよ。僕もアニメは好きだしね」


「あ……」


「今度僕の嫁・・・も紹介するよ」


「へっ?」


 僕の言葉に固まって時谷くんが変な声を上げると、静寂が訪れた。


「ぎゃっはははは!」


「マジかよ!」


 けれどその静寂もお腹を抱えて爆笑する二人に一瞬にして破られる。一方の時谷くんは眉間に皺を寄せて半笑いだ。


「あり……がとう。でも話を合わせるために無理しなくても……」


 さっきまで僕たち二人でしていたアニメの話から、僕がそんなに詳しくないことはわかるはずだ。だからって僕が無理して二次元の嫁がいるという、時谷くんの仲間アピールをしてるわけじゃないよ?


「ちょっ、腹痛ぇ! 今度おれらにも紹介してくれよ!」


「いいですよ」


「マジでか!? 楽しみにしてるわ。じゃあな」


 もう一人は笑いすぎて声も出ないらしい。これ以上僕らをからかうのも無理だと思ったのか、そのまま去って行った。


「えっ?」


 目を見開いている時谷くんは、廊下の向こうへと行ってしまう二人と僕を交互に見ている。


「あ、ありがとう」


 よくわからないけれどお礼を言われてしまった。いきなり絡んできたあの二人は、僕も仲良くなれそうにないと思う。


「でも……、大丈夫?」


 心配そうに声を掛けてくれる言葉で、ちょっと頭に来ていた僕の心も冷静になれた気がする。確かにちょっと売り言葉に買い言葉だったかもしれない。安請け合いをしてしまったような気がするけれど、そもそもあの二人にすずを紹介するなんてしたくないと後悔が押し寄せてきた。


「あー、うん、大丈夫」


 でもまぁいいか。そもそも二次元の嫁だと思われてるっぽいし。今はあの二人から離れられたことでよしとしよう。


「それよりもほら、次の検診に行こう」

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