第3話 オタク
翌日は学部ごとに分かれての説明会だ。
ここはメディア学科棟の一階にある、一番大きい講義室だ。一年生が全員集まっているのか、空いている椅子は数えるほどしか見当たらない。正面の黒板を見下ろせるように、遠くへ行くほど段差を付けてテーブルと椅子が扇状に設置されている。長いテーブルには椅子が三つ固定されていて動かすことはできないようだ。
ざっと周囲を見回してみるけれど、昨日友達になったタクは近くに見当たらない。きっと来ているとは思うけれど、これだけ教室に学生が集まってると見つけるのも難しいか。僕は目についた近場の空席へと腰かけた。
「えー、皆様、ご入学おめでとうございます。今までとは違って、大学では自分で受ける講義を申請しないといけません」
説明してくれた内容は大雑把には次の通りだ。基本的には単位は自分で申請しなければならない。でも最初は何を取ればいいかわからないからか、必須となっている単位は申請のチェックが初めから入っているとのことだ。
確かによく見れば、いくつかの講義にはすでにチェックが入っている。
「前期と後期で申請できる講義は決まっていますが、今年申請しなかったからと言っても来年も申請できるので安心してください」
申請用紙を読み込んでいると、そんな説明も耳に入ってきた。
二年になっても一年の講義が取れるんだ。……あっ、ってことはもしかして、すずと同じ講義が受けられるかも? 家に帰ったらすずと相談しないといけないな。
「講義は明日から始まりますが、申請は来週末まで受け付けているので、いろいろな講義を試しで受けるのもいいでしょう」
一通りの説明が終わったのか、『何か質問はありますか?』という言葉が最後に投げかけられる。ちらほらと手が挙がるけれど、僕は特に質問はない。
「何を取ろうかなぁ……」
申請用紙に記載されている講義を順番に見ていく。『メディア基礎理論1』『メディア実演習1』『線形数学』『プログラミング演習1』などなど、よくわからないもの、面白そうなものや、『英語1』などと言った外国語の講義までいろいろだ。
ふと用紙を眺めていると、微妙に視線を感じる。思わずそっちへと顔を向けると、そこにいたのは眼鏡をかけた小柄な男子学生だった。少しハネたショートの髪型に、目がキョロキョロと挙動不審な動きをしている。
「えーっと……、何の講義取ります?」
小柄だけれど……、きっと僕より背が高いんだろうなぁと諦めつつも、このまま黙っているのも気まずいので声を掛けてみる。
「あー、いや、……何取ったらいいかな?」
同じく疑問の声が返ってきた。
うん、まぁ確かにすぐに何の講義を取るかなんて出てこないよね。お試しで講義をいくつか受けてからでもいいって言ってたくらいだし。
「あはは、よくわからないものが多くて、すぐには決められないよね」
「そうですね……」
受け応えにはそれほど力もなく、どうやら大人しい部類の人のようだ。昨日会ったタクとはまったく正反対な性格のようである。
「あ、僕は黒塚誠一郎です。よろしく」
「……ぼくは
ふと彼の手元を見ると、何やらアニメのキャラクターが描かれた筆記用具がちらほらと見える。
「あ、マジカル☆ミカちゃんだ」
何のアニメかを認識した瞬間、思わずその名前が口に出てしまっていた。
「えっ? 黒塚……くんも知ってるの?」
その瞬間に、挙動不審だった目線が僕へと固定される。心なしか期待に満ちた雰囲気が感じられるけれどなんだろう……。と言っても僕自身はマジカル☆ミカちゃんのアニメは見たことがない。オープニングとエンディングの曲を弾いたことがあるだけだ。
「あー、うん。アニソンならピアノで弾いたことあるからね」
「そうなんだ。やっぱりミカちゃんが一番萌えるよね。他の娘もかわいいけど、やっぱり主人公だけはあるからね。ありきたりだけど変身シーンが一番なんだよね。そういえば黒塚くんの推しは誰?」
いや、推しとか聞かれてもさっぱりわかりませんよ。動画サイトで音楽を聞いてただけだから、内容はさっぱりわからない。初対面で誤魔化す必要もないのでここは正直に言うしかないかな。
「ごめん、ピアノで弾くためだけに曲聞いてただけで、内容はよく知らないんだよね……」
仲間が見つかったと思っていたんだろうその表情が、徐々に硬くなっていく。オープニングムービーくらいなら見たことあるから、キャラクターを見ればアニメのタイトルが出てくるけれど、その程度だ。
「……あ、そうなんだ。……でもすごいね。ピアノであの曲弾けるんだ」
でも完全に何も知らないわけでもないことを思い出したんだろうか、完全に落ち込んでいるわけでもなさそうだ。むしろ何かソワソワしだしたようで、挙動不審な動きが戻ってきたみたいだ。
「えーっと、まぁ……。難しいけど曲はカッコいいよね」
ノリのいいオープニング曲はそれなりに難易度が高い。ファンだったらテーマ曲もやっぱり好きなんだろうなぁ。メディア学科だし、そのうち弾いてくれって頼まれるかもしれないな。
「だよね! ぼくもあの曲は大好きなんだ! 第一期の曲もいいけど今のも捨てがたいよね」
あ、うん、ごめんなさい。第一期とか言われてもわかんないや。
大人しい人かと思ったけれど全然そんなことはなかった。アニメについて熱く語られている間に説明会は終わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます