第2話 旦那様

「またまたー、会ってまだ一時間ちょっととは言え、いくらなんでも冗談がきついぜ……」


 笑いながら僕の背中をバシバシと叩くタクだけれど、なんだか信じてくれていないように見える。


「どうしたの?」


 背中を向けたことですずが訝しそうに尋ねてくるけれど、タクは笑いながら肩をすくめて返事を返す。


「いやいや、いっちーが面白い冗談を言ってきたもんでね」


「へー、そうなんだ……」


 またもや僕の背中をバシバシと叩きながら、反対側の手で額を覆って大げさに嘆いてみせる。

 いや別に冗談なんかじゃないんだけどね。でもまぁ確かに、学生でいきなり結婚してますっていうよりかは、姉弟のほうがすんなりと話が通じるかな……。

 っていうか何をキラキラした表情をしているんですかね。すずさんや?


「誠ちゃんが冗談を言うなんて珍しいね?」


「えー、そうなんすか!」


 僕だってたまには冗談くらい言うよ? でも今のは冗談でもなんでもなくて、本当のことだからね? 『えらい冗談をぶっこまれましたよー』とか笑ってるけど、本当のことなんだからね?


「まさかすず先輩といっちーが夫婦だなんて、いくらなんでも面白すぎでしょ!」


 若干不貞腐れて視線を逸らしていたけれど、僕が言ったという冗談をタクがとうとうすずにもぶちまけた。


「えっ?」


 一瞬驚いた表情を浮かべて僕に顔を向けるけれど、すずのその表情がだんだんとにやけ半分、恥ずかしさ半分といった具合になってくる。

 タクも『ほらほらー』と言わんばかりにドヤ顔を決めているのを見ると、ちょっとそれはそれでイラっとするね。


「えへへ」


 でもそこはきっとすずがカバーしてくれるはずだ。信じてくれないタクに、僕がいくら言っても無駄だろう。

 あとはすずに期待するしかないと思っていたところに、照れながら近づいてきたすずが僕へとするりと腕を絡ませてくると。


「誠ちゃんはわたしの旦那様で合ってるよ?」


「……は?」


 すずの言葉に呆けた声を漏らすタク。ギギギと金属のきしむ音が聞こえてきそうなぎこちない動きで、顔をゆっくりと僕へと向ける。


「えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 そして盛大に叫び声を上げるのだった。




「あー、面白かったねぇ」


 すずと二人での帰り道。タクの顔を思い出しながら、すずがおかしそうに笑う。確かにあの驚いた顔は傑作だった。さんざん僕のことを信じてくれなかったものの、さすがにすず本人から言われれば信用せざるを得なかっただろう。顎が外れるくらいに開けた口は、今思い出しても確かに面白かった。


「最初は全然信じてくれなかったけどね」


「あはは、まぁ普通はそうだよねぇ」


 電車に揺られて来た時と同じ道を帰る二人。このままスーパーで食材を買って帰る予定だ。電車に乗る前に買うと荷物になるので、モールの生鮮食品売り場はスルーだ。


「でもよかったじゃない」


「うん?」


「ほら、さっそく友達ができたんでしょ」


「あ、うん、確かにそれはそうだね」


 ツンツン頭を思い出しながら、大学での友人第一号のことを考える。本当によくしゃべるやつだった。一緒にいて飽きなくていいかもしれない。


「面白そうな子だったね」


「あはは、まぁね。よくしゃべるうるさいやつだったよ」


 他愛のない話をしながら帰り道を歩く僕たち二人。時間帯はまだお昼前だからか、道行く人の数は少ない。マンションのすぐ目の前にあるスーパーで買い物をして、僕たちの家であるマンションの五階まで階段を登っていく。


 五階の501号室が、現在は『黒塚』の表札がかかっている。初めはすずが僕の住んでいた502号室へと引っ越そうかという話になっていたんだけれど、改めて角部屋と真ん中の部屋を比べてみてその考えが変わってしまったのだ。なぜかと言えば、角部屋の方がベランダが広かったのだ。どうせなら広いほうがいいということで、もともとすずの住んでいた501号室に僕が引っ越すことになった。そして502号室はどうなったかと言うと……、そのまま『黒塚』の表札がかかったままだ。


 よくわからないと思うけれど、502号室は言ってしまえば僕の『実家』だ。両親とも相談してちゃんと決めたのだ。『独り立ちした息子夫婦の世話になるわけにはいかん』とか言ってたけれど、正直その理論はよくわからない。ほとんど帰ってこないんだし、すず自身も同居でいいと言ってくれていたのに、そういうことらしい。


「ただいまー」


「おかえり」


 先に玄関に入って帰宅を告げると、後ろからすずの声が聞こえてきた。


「ただいま」


 バタンと玄関の閉まる音と共に、今度はすずが帰宅を告げる言葉が聞こえてくる。なんとなく嬉しくなって振り返ると、僕も微笑みながらすずを迎え入れる。


「おかえり」


 しばらく無言で見つめ合っていると、なんだか可笑しくなってきた。


「あはは」


「えへへ」


 玄関でひとしきり笑うと、二人してリビングへと入って行く。

 結婚してから一か月とちょっと。すずとは隣同士の家だったし、引っ越し作業ものんびりとしたものだった。さすがに学校が始まるまでにはなんとかしたいと思って、ちょっとラストスパートをかけたのは数日前だ。元々の女の子らしい雰囲気の部屋はそのままに、必要な僕の荷物だけ持ち込んだ形になっている。


 リビングの奥の部屋は、すずが一人暮らしをしていた時とはがらりと変わっている。ベッドはダブルサイズに置き換わっていて、さらに二人分の勉強机は同じ部屋に入れると窮屈だったのだ。なので、寝室と勉強部屋が分かれた形になっている。


 そして元々僕の家だった502号室は……、一部物置と化しているのは父さんと母さんには秘密だ。引っ越しの間、余計な荷物を置いていただけだけれど、バレる前には片付けないとね……。

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