隣のお姉さんは大学生2
m-kawa
第1話 プロローグ
僕の名前は
今日は入学式のために学校へと向かっているところだ。電車に揺られて最寄り駅で降りると、僕と同じスーツ姿の学生と思われる人たちが周囲にも見える。もちろん僕も、周囲の人間と同じくスーツを着用している。
三つボタンの濃いグレー色をした細身のスーツで、ネクタイも細めのタイプで合わせている。青とグレーのストライプ柄だ。
雲一つない空の下、ゆっくりと歩いていると学校の正門が見えてきた。周囲には桜の花びらが風に吹かれて舞い上がっており、歩く僕を迎え入れてくれているように感じられる。
「えーっと、確か入学式は体育館の二階アリーナだったかな」
入学の手引に記載されていた内容を思い出してみるけれど、正門にも入学式の案内地図がでかでかと掲げられていた。
「体育館はこっちだよ」
家から一緒に学校まで来た同行者が、僕の手を引いて誘導してくれる。今年から同じ大学の二年生になる黒塚すずだ。さすがに二年目ともなると勝手知ったる学内ということで、いろいろ知っていて頼りになる。
とは言え今日は、他にも体育館へと向かう学生がたくさんいるので、そっちに付いて行ってもいいのかもしれない。
「あ、うん」
じっくりと地図を眺めていたかったけれど、それくらいなら後でも確認できるかな。今は入学式に遅れないようにしないとと思い、大人しく手を引かれるままに付いていく。彼女も黒いスカートスーツを着ているけれど、僕と一緒に入学式へと出るためだ。両親が海外に転勤になって来れない代わりに、すずが来てくれたのだ。
「じゃあわたしはこっちだから」
「うん。また後で」
保護者席と新入生と書かれた看板の前で別れる僕たち。他の学生たちも、同じく一緒に来た人と別れて新入生の入口へと向かって行く。中に入るとすでにたくさんの人でいっぱいだ。学科別に区画が分かれているようで、僕はメディア学科と書かれた場所へと歩いて行く。前詰めで並んで椅子に座っている新入生たちの最後尾につくと、同じく僕も腰かける。
「あ、どうも」
「どうも」
隣に座っていた同じメディア学科の人が、僕に気がついたようで会釈をしてきた。反射的に僕も会釈を返すと、すごい勢いで話しかけてきた。
「いやー、思ったより人が多いね。ちょっと緊張してたけど話しやすそうな人が隣に来てくれてよかったよ。あ、俺は
座っているので身長はよくわからないけれど、パッと見た目が細身に見える男だった。ツンツンに立てた短い髪に、細い目に細い鼻筋をしていて、顔の輪郭もなんだか細長く見える。でもにかっと笑えばどこか憎めない印象だ。
「あ、僕は黒塚誠一郎です。えーっと、同い年ですね」
「おー、そうかそうか。じゃあ誠一郎って呼んでいい? ……ってちょっと長いな。せい……、いち、……うん、いっちーにしよう」
「え? あ、はい」
まくし立てるように勢いよく押し切られ、思わず頷いてしまう。だけどまぁ、僕の名前くらいなら好きに呼んでくれていいし、変な呼び名でもないから改めて否定することもないかな。
「いっちーはどこの高校から来たの?」
「僕は御剣高校ですね」
「へー、ケンコーか。あそこって体育祭が結構有名だよね。いや実は俺も見に行ったことあるんだけど、結構すごいよね。特に応援団とかさ!」
「あはは」
人が多くて緊張していたって言うけれど、ホントかな。言葉が途切れないこの男に思わず苦笑いが漏れる。でもそれはそれで僕の緊張もほぐれるというものだ。気づけば反対側の席にも誰かが座ってきたけれど、そちらに意識を割けないほどタクの言葉は続いていた。
学長やお偉いさんの挨拶を経て、つつがなく入学式が終了した。やっぱりこういう式っていうのも重要だね。書類だけで合格通知をもらっても、学生になったっていう実感はあんまり湧かないし。
「今日はもうこれで終わりなんだって? なんか入学式っつってもあっけないな」
「みたいだね。えーっと、明日は学部ごとに各種説明会と、終わった後に健康診断だって」
タクと二人であれこれしゃべりながら体育館の出口へと歩いて行く。いやもうこの短時間だと言うのにずいぶんと親しくなってしまった。よくしゃべるけれど悪いヤツじゃなさそうだし、なんだかいい友人になれそうな気がする。
こうやって二人並んで立つとよくわかるけれど、やっぱり僕の方が背は低かった。はは……、もう僕より背の低い人間なんていないって悟ったはずなんだけどね。
「そういやいっちーはこれからどうすんの? なんか保護者向けにはこれから学校の設備紹介とかがあるらしいけど」
「あ、そうなんだ」
そんなのがあるんだ。っていうか両親は来てないし、すずだけに設備紹介に行ってもらうわけにも……。っていうか学科が違えども一年間学校に通ってるんだし、紹介されるまでもなくいろいろ知ってるよね。僕だって何度か仕事でここの設備は使わせてもらってるし、改めて聞くほどじゃないかも。
「僕の両親は来てないから、たぶんそのまま帰るよ」
「あれ? 来てないの?」
ということはタクの両親は来てるのかな? 気がつけば体育館を抜けて、すずと別れた場所にまで戻ってきていた。保護者側の方からは、ほとんどがそのまま設備紹介などを聞くために残っているのか、人はあんまり出てきていない。
「うん。海外転勤で今イタリアにいるんだ」
「ほえー。……え、じゃあ一人暮らししてんの?」
「あ、いや、一人じゃないんだけどね……」
なんとなく口にするのが恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。
「え? どういう――」
「あ、誠ちゃん!」
一体どういうことかと質問されかけた言葉を遮って、生活を共にしている相手が僕を見つけて声を掛けてきた。
「よかった。見つかった。もう……、ラインで連絡しても返事してくれないんだから」
「あぁ、ごめん。いやちょっと話し込んじゃって」
「そうなんだ。……もう友達できたんだ?」
いきなり現れたすずに目を丸くしているタク。若干顔が赤くなっているような気がするけれど、大丈夫かな?
「あ、えーっと、メディア学科の桐野江拓斗です」
「うふふ、デザイン学科二年の黒塚すずです。誠ちゃんともどもよろしくね」
「よ……、よろしくお願いしゃす!」
「あはは!」
しどろもどろになって返事をするタクが面白くて思わず笑ってしまう。そんな笑っている僕にタクはすり寄ると、肩を組んですずに背を向けるようにこそこそと話しかけてきた。
「おいおい、すごい美人なお姉さんじゃねーか! ……一人暮らしじゃないって、もしかしてこんなお姉さんと二人暮らしか!?」
「あー、まぁ二人暮らし……だね」
微妙に引っかかるところはあったけれど、概ね事実なので曖昧に肯定しておく。
「いやいや、こんな姉弟がいるなんて……、ちょっと俺にも紹介してくれよ」
「うん? いや、姉弟じゃないよ?」
「えっ? いやでもさっき黒塚って……」
何を言われているのかわからなかったのか、ちらりとすずがいる後ろを振り返るタク。こそこそと何やってるんだろうと、小首を傾げる姿がとっても可愛いです。
いつまでも肩を組まれているタクへと向き直ると、真剣な声音を心掛けるようにゆっくりと、でもはっきりと僕は告げる。
「すずは……、僕の嫁です」
「――はあっ!?」
思わず組んでいた腕を外して後ずさりするタクであった。
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