十四.

 言い終わると同時に、力尽きたようにあかつきは倒れ込んだ。

 見ていて分かるほどに、どんどん衰弱し命の火がすり減っている。


「お前、それは……」


 この沼はおそらく底なしだ。入ったが最後抜け出でることは出来ないだろう。

 死。

 その一文字が、俺の頭をよぎった。


「いい。分かっている。……ああ、そうだ。前言っていたこと、考えたんだ」


 何でもないように言って、あかつきは俺のことを「呼んだ」。


「つくる」

「……え」

「つくる。いい名だろう。……赤鬼、お前の名だ」


 つくる。

 不思議だ。

 呼ばれ慣れた名のようにそれは俺の何かにしっくりときた。

 人の名で呼ばれたことなど、これまでなかったのに。

 人として生きていたときは、それ。お前。

 鬼となってからも「赤鬼」で通してきた俺はなぜかそんなことを思って。


「つくる」


 その名を口の中で呟き、破顔した。


「……ああ。いい名だ」


 あかつきの手を握り、俺は視線を合わせる。


「ありがとう」


 そう言うと、苦しげな顔ながらあかつきも微笑んだ。


「つくる」


 あかつきが俺の顔に手を伸ばす。

 冷たい手が俺の頬を撫でた。


「これから、お前にまじないをかける。聞いてくれ」


 そう言われてあかつきの目を見て、初めて俺はその瞳に少し青みがかかっていることに気づいた。

 吸い込まれて墜ちていきそうな、夜明けの空の色。その瞳に捕らわれて、目を離すことが出来ない。


「私からお前に授ける言葉は二つだ。一つ、私のことは忘れろ。忘れてお前はお前だけの時間を、これからを生きてくれ。二つ、お前はこれから決して誰とも本当の意味で絆を結ぶことなく一人で生きていく。だが、誰とも手を繋げない代わりにお前はこれから一生死ぬまで傷つかないで生きていける」


 あかつきは頬を緩めた。


「非道いことを言っているのはわかっているよ。それでもこれが、私がお前にしてやれる精一杯のことなんだ。……幸福がないなら、決して不幸にもならない」

「呪いと祝福は本来同じもので、これは私のせめてもの詫びの印だ。私は、お前を騙していた。私は、あの神と呼ばれる存在……、何千人もの思念と競り合うことが出来る特異な魂の持ち主で、生まれたときからあれを滅ぼしてともに死ぬことが決まっていた。……一時、逃げることも考えたが、出来なかった。私は、この村に住む人々が好きだったから」

「私は、生まれたときから自分の運命を知っていた。一人で戦う定めも、お前と出会うことも、お前にこの身を捧げてやることが出来ないことも。全て、知っていたんだ。すまない。……でも、これだけは言わせて」


 そこで言葉を止めて、あかつきは一筋の涙を流した。


「愛している、つくる」

「……あかつき」

「お前がいたから。いつか、お前に出会うことがわかっていたから。私は今日まで生きてこられたんだ」


 本当に、すまない。許してくれ。

 口から漏れた言葉は虚空に溶けて、すぐに闇が広がる天の彼方にかき消された。

 訪れた沈黙をかき消すように、俺は言った。


「……一人で生きていく、な。そんなのこれまでと何も変わらん」


 俺は、何かを求めるように宙に伸ばされたあかつきの手を取った。その手の甲に口づける。


「お前と、出会うまでと」

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