十五.
神隠。
その本来の意味であるところの、神が人間をさらって隠しているのではなく。
この村は、神である人間を隠していたのだ。
握られた手をそっと下ろしてあかつきは言った。
「潮時だ。……村で人が大勢死に始めた。守りの力が弱まっているんだ」
静かな目であかつきは語る。
「冬が近づいているからだけじゃない。ここに来る前に袋を下げて歩いている村人を見ただろう。あれは生贄として捧げられる、狩りで捉えた獣や……、人間たちだ」
薄々気づいていた俺は、その言葉に頷く。
あかつきは続けて言った。
「時代が変わろうとしている。人々の移ろう心の有り様で霊脈が不安定になっている。……もともとここまで保ったのが奇跡のようなものなんだ。この数年はずっと綱渡りを続けてきたが堤が切れるように瘴気が
努めて事実だけを淡々と語るあかつきの心中はどんなものなんだろう。
守ってきたものが消えてなくなる気持ちは。滅びゆくものを黙ってみているしかないのは。
俺には、理解できない。
そのことを、今は少しだけ残念に思う。
「本当にいいのか」
俺はなぜかそんなことを口に出していた。
「ああ。言っただろう。こうなることは分かっていたんだ。……そんな顔をするな」
「そんな顔ってどんな顔だ」
俺は、自分自身が今どんな顔をしているのか見当もつかない。
すると、あかつきは困ったような顔をしてから唇を引き上げて笑んでみせた。
「笑え!」
そう言ったあかつきの顔は以前見た、この場に似つかわしくはない輝く日輪のような笑顔だった。
「決められた運命だ。だとしたら、最後まで私はお前の側で、笑って死にたいんだ。私は確かに人を愛して、確かに生きた」
あかつきは不条理な運命に抗い、運命を与えてただどこかで見ているだけの無情な神とやらに勝利を叫ぶように言い放った。
「この人生に、悔いなし」
「これを」
そう言ってあかつきが俺に渡したのは先ほど村人の手から離れた退魔の剣だった。
受け取り、握ると同時に俺は顔を顰めた。
肉が焼ける嫌な臭いがする。剣が、俺を拒絶しているのだ。
「辛いだろうが一瞬の辛抱だ。耐えてくれ。私はもうじき、死ぬ。その前に沼に私を投げ入れてこの剣で神を私ごとともに刺し貫いてくれ。……安心しろ。お前が直接手を下す必要はない。その剣は魔を滅ぼす意志を持っている。沼に一緒に投げれば己の力で神殺しをやり遂げるだろう」
あかつきは身を起こすと腹を押さえてふらつきながら、それでも気丈に立ち上がった。
俺は立ち上がってその体を支える。
すると、あかつきは俺のことを激しい力で抱きしめてきた。
そして、俺の首の後ろに両手を回すと唇を重ねる。
刹那の間の後、すぐに抱擁は終わった。
「お返し、だ」
そう言ってあかつきは俺にその体を委ねた。
「さあ、やってくれ」
俺はその体を押そうとして。
それは、一瞬だった。
俺が力を加えるまでもなくあかつきは木から落ちた木の葉のように、あっという間に底なしの沼に墜ちていく。
伸びかけた手を血が滲むほど握りしめることで俺は飛び込む衝動を抑えつける。
「頼んだぜ。……あいつの、最後の願いなんだ」
そう言って俺は退魔の剣を池に投げ入れた。
真っ直ぐ飛んでいった剣が「神」を貫いたのが見えた瞬間、閃光が奔った。
白い光が闇を塗り潰し、全てを飲み込んでいく。
そのうち、何も見えなくなった。
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