神隠編 一.

 ずっと空虚な気持ちを抱えてきた。

 永遠にも思える時の中で行く当てもなく彷徨い、探しているものもないのに何かを求めていた。

 何かが足りない。足りないのは何か。

 空っぽな己の内では何も響かない。

 ふいに空腹を覚えた。

 ああ、そうだ。

 俺は腹が減っていたのだ。

 

 その村は周囲から隔絶されていた。

 三方をそれぞれ山に囲まれ、残りの一方は滝に続いている。

 まるで何かを閉じ込めるためにある地形だ、と枯野を歩きながら俺は思った。

 この村にはもうじきおびただしい死が訪れる。

 雪国の冬は厳しい。それは弱いものから順に命を奪っていく。

 だから、全てが終わる前に喰えるものは喰っておく。

 別の目的はあったが、俺はある意味、そのためにこの地に足を踏み入れたといえる。

 ぽつぽつと人の姿が畑に見えた。

 あえて近寄らず、俺は遠巻きに眺めているだけなので歩く人々も俺の着物につく血の染みには気づかないだろう。

 遠くまで来たので途中で腹が減って道中村に近い里山の中で男を一人喰ってきた。

 男は狩りの格好をしていたので、帰ってこなかったからといって家の者からさえ不審には思われないだろう。野良の獣に喰われて命を落としたと思われるだけだ。

 野良の獣ねえ。まああまり違わんが。

 別に男は美味いとも不味いとも感じなかった。

美食家を気取るつもりはないがそこいらの人間を喰ったところで俺はたいして腹が膨れない。

 そんな俺がこの村に来た理由の一つは或る噂を聞きつけてのことだ。

 なんでもこの村には格別力のある呪術師の巫女が村人によって祀られているらしい。らしいというのは全国を行脚あんぎゃして芸を披露する旅芸人から酒の席で聞いた話だからだ。

 奴らは地方の話題にも事欠かない貴重な情報源だ。

 ともかくそれは俺にとってなかなか食欲と興味をそそられる話だった。

 なぜかって?

 そういう人間……、霊力が高いやつらは美味いことが多いのだ。

 食事は美味いものを喰うに越したことはない。

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