14.

 楡原からもらった報告書のこのマンションの歴史をまとめたページにそれは記されており、俺はその出来事に目を奪われ。

 文字通り心を奪われた。

 紙面には十年前にこのマンションで自殺があったことが新聞記事に書かれていた。

 それは事の重大さに反して新聞の広告欄の上辺りにぽつんと載っている小さな、見落としてしまいそうな記事の大きさだった。

 人物の年齢が考慮されての結果だったのだろう。

 なぜなら、自らの手で自らを死に至らしめたその少女は、まだ小学校を卒業してさえいなかったのだったのだから。

 春野は俺の言葉に一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間それは元の例の笑みに変わっていた。


「……ああ、うん。ここにいるのが長すぎて時々忘れるんだけど『もちろん』知っているよ。そんなことを教えるためにここまできてくれたの?」


 カツカツと春野が近付いてくる。

 何かがふわりと宙を舞った。

 花弁のように見えたそれは何枚もの画用紙を引き裂いたもの。

 次の瞬間、紙の中から刃が突き出て、俺の腹に激痛が走る。


「がっ……!」


 腹に刃が刺さってている。

 それは先刻刺さったのと寸分違わぬ位置で俺を貫き古傷をえぐっていた。


「ぐ……うぅ……!」


 椅子に縛り付けられたままでは避けることも出来ず、意識が真っ赤に染まったまま、俺は呻くことしか出来ない。

 俺の周りを、円を描くようにくるくる回りながら、春野は言う。


「ねえ大変だったんだよ、舞台のセッティングは。でも楽しかったでしょう?久しぶりにいいライバルと戦えて」


 そう言って愉快そうにクスクスと笑う。


「その様子を見てたらそうでもないのかな?でも結果的に私が楽しければそれでいいよね!」


 遠くから聞こえてくる音のようにその声はほとんど俺に届いていなかった。

 だが、俺はフッと笑う。


「お前は人が嫌がることが好きみてえだな。これは弱いものいじめみたいで言いたくないんだが俺もお前が嫌がることを、俺の思ったままを言わせて貰うぜ。お前はかわいそうな奴なんだな」


 ぴたりと春野の動きが止まった。


「いま、なんて言った?」

「何度でも言ってやるよ」


 俺は一旦目を閉じて沈黙した後、続ける。

――さあ、ここが正念場だ。


「かわいそうに」

「……よくも、よくも、よくも」


 春野はぶつぶつと区切るように呟いた。


「よくもそんなことが言えたね。お前もみんなと一緒だ。いつも身勝手で私のことなんてちっとも考えてくれない。そんなみんなに復讐するために、私は怪物にならざるを得なかったのに」

「……やっと本音を言ったな」


 そう、おそらくそれが真実なのだ。


「そうか、じゃあ俺がここから解き放ってやるよ。お前がどう思っているか分かるぜ。もうこんなことは嫌なんだろう」


 俺は立ち上がった。

 はらりと縄が解けて落ちる。とっくに縛り目は解けていたのだ。

 あとは『本当のこと』が告げられるのを待っていただけで。

 それも、今わかった。


「俺が、始末をつけてやる」

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