11.
モニター室はすぐに見つかった。
あちらこちらのケーブルや画面が破壊されていて、それを見ると鋭利な切断面によってそれがなされていることが分かる。
そう、刀で断ち切り、刺し貫いてあることが。
踏み込んでみるとはたして、入ってすぐの正面に村雨がこちらに背を向けるようにして立っていた。
俺らが入ってきた気配に気付いて素早く振り返った村雨に俺は声をかける。
「これは一体どういうことだ。何かあったのか」
「……私が部屋に入った時には鴉の構成員は既に退却していた。盗聴器はないようだが、念のためモニターや電子機器の類は全て壊した」
そう言って村雨はさすがに俺との交戦の後での破壊活動に消耗したのか、背後の壁に寄りかかる。
「ここから監視してやがったのか。ご苦労なこった」
俺は周りを見渡しながらそう言った。モニターがたくさん並んでいて狭い空間をさらに圧迫するような感じだが、確かに潜伏するにはうってつけそうなところだ。
「鉢合わせしなくて幸いだった、というべきか?」
「でもそうなるとまずいね。彼女はこの建物を爆破するスイッチを持っているのだろう。鬼ごっこは継続ということかい?」
「いや、それはもう気にせずともいい」
村雨は懐から何かを取り出した。見るとリモコンのような器具だ。
「このスイッチが置いてあったが、これは遠隔操作で信号を送ることが出来ないタイプだ。加えて最初から起爆のカウントはされていない。建物を崩壊させるというのは狂言だったというわけだ」
その言葉に、当然俺は首を捻る。
「は?何がしたかったんだ」
「逃げる時間を作るための口実というわけかい。いやーしてやられたね」
等式の口調はあっけらかんとしたものだった。
「鴉は本来からして乙屋や日下のような戦闘に特化した集団じゃないんだよ。もしも私たちが追いついた場合どうするんだろうと思ってはいたけど向こうは織り込み済みで、こっちがフェイクだったというわけだね。まあ、手間が省けて一件落着というわけだ」
「そうか」
それならまあ、よかったのか?
「じゃあ用も済んで、依頼も反故になったことだし私はヒビキを連れてそろそろ帰ることにするよ」
「ああ、そうしろ。……俺はもう少しここに残る」
俺はそう言ってモニタールームを後にすることにした。
そう、まだ俺がここに来た目的、話の本筋は何も終わってないのだ。
怪異の正体を暴き、それに何らかの処置を施した後、失踪者を家に帰すこと。
怪異の原因解明、ならび解決を終えるまで俺はここから出ないと決めている。
「それでは、赤江さん。今日は大変助かりました。またいずれ」
「ああ」
背から降ってきた言葉に相槌だけ返して俺はとりあえず春野を迎えに行くため、モニター室を出て下の階に行くことにした。
そのまたとやらが来ないことを心から祈っているぜ、と胸の内で呟く。
「さて、と」
赤江が去ったのを見送って等式は村雨の方に向きなおった。
「お待たせしたね。本当はずっと君と話ししたいと思っていたんだ。……身体の加減はどうだい?」
言葉の温厚さと反して冷徹な眼が村雨を見つめる。そして、フッと等式は微笑んだ。
「まあ、良いわけないよね」
ガクン、と村雨の膝が折れる。
常時冷静な村雨の顔には今や大粒の汗が浮き出て、目は虚ろ、顔色は白を通り越して青みを帯びていた。
限界に達したのかずるずると壁に寄りかかった姿のまま床に崩れ落ち、そのまま地に倒れ伏す。
それをあくまで冷徹に見下ろしながら、等式は口を開いた。
「それにしてもよく保ったものだね……。そろそろ一週間だろ?食事なしでおそらくまともな休息もしないままこの空間で過ごして、あれだけまともに会話して動けることに驚いたよ」
等式は肩を竦める。
「実を言うとね、今回の私の第一の標的は君……、日下村雨なんだ。まあ、その様子じゃ私が手を下すまでもなく死ぬかもしれないけどね。身内に抹殺を依頼される気分は、どうだい?」
等式はじっと見つめていたが村雨は返事を返さない。胸が上下しているので生きてはいるようだが、最早喋る気力もないようだ。
等式は両手を胸の前に掲げると綾取りをするようにその手を動かした。
その手には目視するのがやっとという細さの強化ワイヤーが巻き付いている。等式の武器であるその糸は暗殺術、加えて中長距離戦に長けた優れものであった。先ほど赤江と村雨の刃を止めるのにも使用したものだ。
それが村雨の身体に巻き付いていく。少し触れるだけで身が切れる取り扱いが難しい武器だが、『四角四面』の通り名の通り、几帳面であり、細かい調整が苦ではない等式の性分には合っている。
続けて手の内で糸を玩びながら、等式は一方的な会話を続ける。
「……まあでもそんな身内には排斥される君は身内に救われる。こんなに依頼をキャンセルされてばかりじゃ商売あがったりだけどね……。君の妹さんが〈院〉に掛け合って君の処罰を先送りにしたそうだ。だからしばらくは大丈夫だよ。よかったね」
そう言って等式は村雨の片手を持ち上げると、そのまま背に負ぶって村雨の身体を括り付けるように、糸を自分の体にも巻き付ける。
今日の糸は特別製だ。伸縮性は抜群だが、切れにくい性質のものをわざと選んで持ってきた。
だから、先程も刀の競り合いを止める程度の芸当しか出来なかった訳だが。
身体に巻き付いた糸の強度を確かめると、等式は言った。
「ついでで君をこの建物から連れ出すようにと妹さんに頼まれてね。いやー健気だねえ。羨ましいよ」
軽口を叩き、等式は肩を竦める。
「妹萌えの私としてはその言葉に感じ入ってお願いを聞いてあげようと思ったわけさ。……だから、建物から出るまでは道連れだね。暴れられても面倒だからそのまま眠っていてくれると助かるよ」
そう言って等式は意識を失った村雨を担ぎ、ヒビキが待つ階下へと赤江より数十分遅れで歩き始めた。
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