10.

「……なんだい、これは」


 俺の携帯を覗き込んで等式が呟く。


「ああ。この『くっきー』っていうやつは最近知り合った……メル友?なんだが、一月くらい前にいきなり携帯にメールが来て、それ以来メッセージのやり取りをしていてな……」

「めちゃくちゃ怪しいじゃないか。それに、メル友。メル友って。最近はフレンドとかフォロワーって言うんだよ」


 まあメールだから間違いではないか……、と等式は呟く。


「よく分からんが謎かけが好きなやつで、それで問題の出し合いとかをしていたんだが、最後の文面はなんだろうな」

「意外とそのままの意味じゃないかな?つまり、『不思議の国のアリス』のあれ」


「不思議の国のアリス」……。確か、暁が幼い頃に一回だけ絵本で読み聞かせしたことがあったな、と俺はその時のことを反芻はんすうしながら挿絵の走っている兎が持っていたものを思い出した。


「時計、か」


 ちょうど途中の階に着いたので俺は階段から離れてフロアにかかっていた時計を見た。

 それからようやく違和感に気付く。

 夕方マンションに入って今まで色々走り回っていたので、体感時間的に今は真夜中のはずだ。

 だが、時計の針は依然として夕方六時を指して止まっていた。


「故障……、というわけじゃなさそうだね」

「ああ。おそらくここに人を誘い込んでいる怪異の影響だろうな。このマンションの中では、外と隔絶して時間が止まっているわけだ」


 よくある、とまでは言い難いが何度か経験したことのある現象だ。

 人を迷わせ、惑わせるのが怪異の本質だ。同じ時が恒久に続く、閉じた空間。永遠に続く円環運動。

 普通の人間ならこんなところに数日も居れば気が狂うだろう。


「急いだ方がいいかもしれんな」


 そう俺は呟いていた。

 失踪者たちの精神が保たない可能性がある。もしくは、すでに。


「しかしそうすると一つ疑問だな……。人をここに捕らえているなら誘い込んだのも鴉の仕業だと考えるべきでは?」

「さっきここに人が来たのは意図したことではないと奴らは言っていた。それに人質を得ることで奴らはなんのメリットがある?人質の管理ってのは意外とコスパが悪いもんなんだぜ」

「……それもそうか。向こうの言葉の真偽はともかくとしてそれなら納得がいくね」


 クツクツと何が面白いのか等式は愉快そうに笑う。そして不意に立ち止まった。


「話をしている間に着いたようだ。……ここが最上階だよ」

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