9.
轟音が収まって、気付くとフロアが分断されていた。
「おい、ヒビキ!無事か?」
さっきまでの冷静な様子とは変わって、大声を張り上げて等式が聞いている。
「ああ、ケガはないちゃ。最もこれを無事な状態って言えるもんかわからんが……」
フロア上で俺たちは落下してきた壁のようなものにより、俺と等式サイド、ヒビキサイドに分断されていた。
村雨は今の混乱状態にあってどうなったのか、姿が見えない。
むざむざ下敷きになるような男ではなかったから、このくらいで行動不能になったとは考えていなかった。
すると、俺があたりを見渡している間に背後の階段を駆け上がっていく音がした。
「おい、待ちやがれ!」
おそらく村雨であろう影にそう言ってから俺はチッと舌打ちする。もともと仲間でも何もないたまたまここに居合わせただけの奴だ。俺が制止したって無駄だろう。
「クソっ……!どうなってやがるんやちゃ」
毒づく声がして、舞い上がった埃が収まったところを見るとヒビキが檻の中に囚われていた。丁度サーカスの猛獣が入っているようなものだ。
奴自身の武器であるらしい金属の棒状のもので周りの格子をガンガン殴っているが鉄製の檻はビクともしない。
そこで再び放送が入った。
『さあここで第二試合といきましょうか。皆さん』
俺たちは頭上のスピーカーを見上げる。
『私の目論見は見事はずれてしまったようなのでここで新たなゲームを始めようと思います。ようく聞いて下さいね?私はこの建物を崩壊させる装置を持ってこの建物内のどこかにいます。そして、建物から出た瞬間スイッチを押そうと思います。私がこの建物から退散する前に、私を見つけ出して私からスイッチを奪い去れば、皆さんの勝ち。私が表に出てしまえば私の勝ちという新たなルールを設けさせて頂きたいと思います』
クスリ、と笑い声が混じる。
『まあ、乙屋のお二人は依頼が反故になった現時点で退却するという手もあるにはあるのですが、その場合囚われの身のヒビキさんは死ぬことになるでしょうね。では、ご健闘をお祈りします……』
ブツン、と唐突に放送が切れた。
「さあどうしたものかね」
等式は相棒の元気そうな姿を見て安堵したのか、もとの調子に戻って手を頭上に掲げ、伸びていた。
「
「うん?全然大丈夫だよヒビキくん。迷惑とか思っていないから。むしろ檻の中にいたのは私かもしれないんだからね。気にすることないし、すべきことはすでに分かっているから」
俺はそのすべきことが分かっている、という等式の言い方に引っかかりを覚えたが、その疑問はすぐに解消された。
「というわけで行きましょうか、赤江さん。最上階の、モニター室へ」
動ける者が事態を打開するために行動することになり、結果的に俺は今日会ったばかりの等式とコンビを組んで最上階をめがけて階段を上がっていた。
照明以外の電気は停止してあるようで、エレベーターは動いていない。とすると、モニター室が何故動いたのかは疑問だが、おそらく何やら細工をしてあるのだろう。
それも疑問の一つだったが、しかし、俺は別のことに引っかかりを覚えていた。
俺が入手した館内図にはモニター室の存在が載っていなかったのだ。
マンションの工事は度重なる不可解な事故(おそらく怪異の影響だ)で現在中断されており、建物に関する情報は破棄されていた。
蓉子にもらった情報はあくまでマンションに関する風説や失踪者名簿に止まり、館内図は楡原に頼んで入手してもらった。確か公的な機関のデータベースに侵入して手に入れたもので、あいつの技術で手抜かりはないはずだ。
なのに、俺が脳裏に叩き込んだ、本来はモニタールーム兼管理人室であるその場所には不自然さもなく、ただ〈倉庫〉と記されていた。
これはどういうことだ。
「いやー、赤江さん。実にすみませんね。手伝ってもらってしまって」
「……気にするな。俺も仕事で来ているから、余計な気遣いは無用だ。それと、敬語はいらん。普段の言葉遣いで好きに話せ」
驚いたように目を見開いた後、等式は口調を改めた。
「それじゃ、失礼して。……今回のことを、あなたはどう見る?」
「どう見る、とは」
「いや、途中で計画が変わったのだろうけど、私が思うに実にノープランだなと。私たちの仕事でこんな風に楽しむことはあまりない。仕事は手抜かりなく、容赦なく、やり残しがないようにすること。丁寧に進めるのが一番の冴えたやりかただ。これはまるで、狩りをする肉食獣が兎をいたぶっているような。そうまるで」
ぴったりくる表現を考えるように等式は言葉を区切ってから言った。
「子供が遊んでいるみたいだな、と思ってね」
「……実際これをやっている黒羽とかいうやつが子供なんだろ」
そう俺は言った。
千年生きている俺から見たら大概の人眼は子供みたいなものだがな、という言葉は飲み込んで。
「子供は楽しむのが好きで、後先考えず、残酷なもんだ」
その時、ピロピロピロ、と場違いな高い音の着信音が鳴り響いた。
「悪い、俺のだ」
「……仕事中はマナーモードにしとけとか教わらなかったのかな?それに鬼が携帯って」
何か等式がぶつぶつ言っているが俺はそれを無視して赤色の愛機を取り出す。
ちなみにガラケーだ。(とあるおせっかいな知り合いから早く買い換えろとせっつかれているが)
着信音からしてメールだろうと思ったが、果たしてその通りで、画面に受信したメールを表示してしかし俺は首を捻った。
『やっほー、元気してるつくるちゃん。お元気なら至急このメールに返信されたし。待ってるよん。
追伸・三月兎が持っているものに気をつけて。
くっきー』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます