猟鬼譚 1.
「
部屋に入るなり部屋の主である
部屋といっても家の部屋などではなく、ここは高校の保健室である。つまり、部屋の主であるところの蓉子は高校付きの保健教諭だ。
白衣の妙齢女性である保健教諭と放課後に保健室で二人きり。
それだけ聞くと何か倒錯的な響きがある。
まあ、事実だけ言えばそんなものは微塵(みじん)も無いんだが。
特に俺が玄関ではなく窓から侵入しているあたりからそれは明らかだ。立派な不法侵入だ。
招きに応じられなければ入れないという性質を持つ鬼である俺は当然招待されてこの保健室に来ているわけだが何回来ても正直慣れないな。慣れたら困るわけだが。
「今、コーヒーを出しますね。ブラックでいいかしら?」
そう尋ねつつ備え付けのソファを勧めてくるので俺は大人しく座る。
嗅覚が鋭い俺には消毒液の臭いがややきつい。居心地が悪い思いをしながら待っていると蓉子は俺の前にコーヒーを置いてテーブルを挟んで向かいの席に座った。
「どうぞ」
「すまん」
短く礼を言ってから俺はコーヒーに口を付け、湯気越しに蓉子の姿を見る。
布施蓉子。
高校の保健教諭をしながらとあるアパートの管理人で生計を立て、さらに何故か料理人の資格を持っていたりする異色の経歴の持ち主だ。
モデル並みのスタイルの良さで手入れの行き届いた艶やかな長い髪はいつも緩やかなカーブを描いている。
俺とは確か十年来の付き合いだがその頃から容姿が変わっていない。
……いや別に普通の人間なんだけどな?人間の女は分からん。
俺の
目が合った。
何故か視線を逸らし恥じるように蓉子は頬に手を当てる。
「嫌だわ赤江さん。私の顔が綺麗だからってそんなに熱心に見つめなさらないで」
「違う」
何も言ってないだろ。
「若い女の人に縁がないからって見境ないのはいけないわ。また私の胸のあたりでも見てたんでしょう」
「違えよ。またって何だ。人のキャラを誤解させるようなことを言うな」
でかい胸だとは思っているが、断じて見ていない。俺を女、それも身体にしか興味ない男みたいに言うな。
やれやれと俺は首を振る。
そう。
こんな奴だった。
「冗談よ。ずいぶん久しぶりに招待に応じて下さったものだから嬉しくて。私なりの愛情表現よ」
「歪んだ愛情表現だな」
「赤江さんからかうと楽しいんだもの。つい
「本音が出てるぞ」
フフ、と楽しげに蓉子は笑う。
俺は表情を苦くしながら言った。
「……まあ、日本に帰ってきてここらへんに来たからついでにな。最近はどうしてる」
俺がそう言うと我が意を得たりとばかりに蓉子は頷く。
「ああ。あの子は元気にしてるわよ。少々お転婆すぎるくらいね」
名前を出さなくても俺が言いたいことに気がつく。
この気が利くところが、布施蓉子が布施蓉子であり、俺が信頼を寄せている所以でもある。
「そうか、それはよかった」
俺は独りごちる。
今度は蓉子が面白いものを見る顔で俺の顔を見ている。
「何だよ。俺の顔に何か付いてるか」
「いえ、別に」
否定しながらも蓉子はチェシャ猫のようにニヤニヤしていた。
正直この空気を壊したくはなかったが、それを無視して俺は言う。
「で、今回は何があった」
俺は尋ねる。
その言葉だけで空気は緊張したものに変わった。
「メールで書いていた気になる内容とやらについて聞きたいんだが」
「その件で呼び出したのですものね。ええ。お話しするわ」
蓉子は頷いて背後の棚からファイルを取り出す。
「私がアパートの管理人をしていることは知っているわよね。今から話すことはとある同業者、不動産関係の知り合いに聞いた話なの」
言いながら蓉子はファイルを開き、俺の目を見つめる。
「人を呑む建物、って聞いたことある?」
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