パノプティコン

すごい、何冊本持ってきたの?


たくさん。……だって、2日も休みがあるからさあ。



わたしの中で、はたとトリコロールが翻った。フランス人が見たら、「2日しか」と嗤うだろう。

わたしがフランス人だったら、「たった2日ぽっち」と嘆くだろう。


ふうん。




恋人はそれだけで、あとはなんにも言わなかった。

わたしも言葉には出さなかった。

はたとわたしの中に浮かんできた、トリコロール、フランス人……それだけじゃあ寂しいから、虚しいからおまけにエッフェル塔と凱旋門もつけてやろう。

わたしと恋人は黙ったままでいた。


トリコロールもフランス人も、わたしの中で霧散した。溶けた。


2日もある。

たった、2日しかない。



こんな風に、わたしの生活を剥くことができる。あるいは、こんな風にしか剥くことができない。

そうして、たとえ骨の髄まで愛していてもこうして「剥く」中にある悲哀について、幸せについて、不幸せについて……恋人は理解してはくれないだろう。



わたしの中に別の誰かがいる。

パノプティコンのように、わたしのことを、仔細をじっと眺めてそこにいる。

それがあの2日の休み。

トリコロールであって、フランス人であった。時には男にもなって、女にもなる。



道ゆく人は振り返らず歩いていく。

誰の中にもパノプティコンはあって、わたしは不意に昇るそれを怖れている。

誰もパノプティコンを知らないようだった。

でもわたしはちゃんと思うのだ。

日没が怖れを運んでくるように、日の出が希望を告げるみたいに……パノプティコンは確かにわたしの中に生きている。



こんな風に、わたしの生活を剥くことができる。あるいは、こんな風にしか剥くことができない。

そうして、こうして「剥く」中にある悲哀について、幸せについて、不幸せについて……誰もまともに考えてはくれないだろう。

わたしの中に別のわたしがいる。

パノプティコンはわたしであって、わたしはパノプティコンであった。



トリコロールであって、フランス人であった。時には男にもなって、女にもなる。

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