脊髄

なぜお前が立っていられるのかって、それは背骨があるからだ。

でもその背骨の存在を、私は普通知らないままでいる。


「無知だ、傲慢だ、気に入らない、お前は毒されている」


そういう私からは見えない背骨が、私をこうして立たせている。

それは他人のつくった背骨かもしれない。

でも、本当に私の背中に埋まっている背骨のひとつひとつかもしれない。


私の過去、経験、思想、言葉、愛情、憐憫……わずかばかりの正義感と、途切れることのない欺瞞。

そういうものが、やがて骨になる。

その骨はやがて私を立たせる。支えるのでなく。

やがて見えない背骨となって、私を立たせる。

それを誰かが見つけて、私に向かう。

好きだという人も、嫌いだという人もいる。

そういう無数の人たち、それもやがては背骨になって私を立たせていく。

背骨はそうして、緩やかに伸びていく。


例えば私の言うこと、書くこと。

そこにも微細な背骨があるだろう。

それは誰かを苛立たせ、哀しませ、時には喜ばせたりもするだろう。

そこで初めて、私は自分が立っていること、立ったままであることに気がつくのだ。

慄然とする。慄然とさせられる。

私は立ったままでいる。

それどころか、立ってすらもいない。立たせられたままであるのかもしれない。

誰かの目を通して、私は私の背骨を見る。

後ろを振り返ることはできない。

だが背骨はどこかにある。


例えば私がこうして書くこと。

そこには背骨があるだろう。

はっきりと、でも小さく……。

身をすっかり食べられた後に残る、あのホッケの背骨のように。


こうして書く中にも、背骨は残されているだろう。

はっきりと、でも小さく……。


それは生きることの末端。

背骨、脊髄。

あらゆるもの、あらゆる私を統べるもの。

言葉は本質であり、末端。

書く中にも、背骨は確かにある。


小さく、でもはっきりと……。

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