1.さながらお前は、流れていく花のようだった。

その上を、通雨が過ぎて行くのだ。できるだけ花を打たないようにして。まだ花は柔らかいのだ。雨は次第に小さな小川をこさえるのだ。どこまでも優しい雨だ。その下を、若く美しい花びらが流れていくのだ。

今を盛りに、今を歓びにして。

わたしが迎えに行くのも待たずに、花は堕ちて行ったのだ。

どこまでも優しい雨が、あの刻ただ降っていたのだ。神の面だって、こう優しくはあるまい。

花だけを流していけるように、優しかったのだ。

お前は、なにも知らなかったのだ。泣きもせず、嘆きもせず、哀しみもせずに……。



2.あなたはさながら、あの降り止まない雨のようでした。

空はまだ鈍色でした。それは美しい鉛の色でした。あの色はなにものにも染まりは致しません。

なんと美しいのでしょう。

たとえ神の面でさえ、あんなに美しくはなかったでしょう。

わたしがどれほど待たせても、雨は止むことはありませんでした。人々は雨を嫌って足早に立ち去ります。家々の扉は錠が下されて、窓は開くことを知りません。

わたしだけが、面を天に向けてあなたをいっぱいに受けたのです。



3.あの愛しい面影はどこにあるだろう。

迎えに来る刻はあるか?

迎えを待っている刻はあるか?

あの懐かしい声はまだ遺されているだろうか。

愛しい声は、面影は、どんなに小さな小石にも刻めない。もうどこにもそれはないままなのだ。

わたしは堕とされたまま、もう還ることのない嬰児をひたすら待つ哀れな親鳥のようじゃないか。どうか、こんなわたしを憐れんでおくれ残酷な神々よ。

あぁ、せめてお前の眼差しだけでも受けたいものだ。

陽だまりを包むように、陽だまりに包まれるように……。



4.わたしたちは、ただ独りきりで生きて行くのですよ。

雨はまだ止みません。

ご覧なさい、人々は立ち止まりません。雨はひたすら避けて通られます。家々の扉は錠を下されたまま、開きません。

あなたはさながら、降り止まない雨のようでした。わたしだけが、面を天に向けてあなたをいっぱいに受けたのですから。

季節はまだ遠くにあるようです。今ここにはありません。

あなたは今、泣いているのですか?

例えばわたしの声、眼差しを何かに刻めないからと呪ってでもいるのでしょうか。

人が泣くのは、哀しいからではありません。この世界のあらゆる顔に、誰かとそこに映る自分を思い出すからです。それはものに刻むことができません。

冷たい骸を焼いていく、あの炎も永遠ではありません。そこから立ち昇る淡い煙を、わたしの虚ろになった眼窩は見つめていました。重く積もった灰でさえ、春を告げる風の前には一条の靄になって消えてしまいます。

こうやって、なにも遺すことはできないのです。一切は。

……ですからいつの日か、人は人のことを、例え愛しい人のことであっても静かに薄くしていくことができるのですよ。

それはあの残酷な神の、ただ一つの愛であったのかもしれません。

あたかも、雨がどんな雑草にも等しく降り注いでくれるのと同じような。

それは限りない優しさであり、厳しき裁きでもあったのでしょう……。



5.おぉ、雨はまだ降っているよ。古くから、人は空が泣くのを涙に喩えたよ。

そうやって、憐れな我が身を慰めたのだ。

返されることのないあの声をわたしは、ただひたすらに待っているよ。

こうして待っていると、それは明日というものすら超えてわたしの元へとやって来ることだろう。

わたしは変わらずここに居るというのに、おまえはまだやってこない。

雨は降り続ける、花は流れていったままもう戻って来ることはない。まだ季節は冬のままである。春は遠い。

まだ何も、見えないままなのだ。

地獄の炎だって、見えはしない。

まだ何も、見えないままなのだ。

お前は流れる花のように、逝ってしまった。

忘れることは、できはしない。

そう思うだろう?

冷たい骸から、あの骨になっても、それが朽ちて更に灰になったとしても。




6.いつか、あなたもわたしのことを忘れていくでしょう。

そうして、そんなあなたのこともやがて誰かは忘れて生きます。

それを、哀しい寂しいことだと思いますか。

わたしたちの僅かな溜息すら、小石に刻みつけることはできません。

でも、それでいいのでしょう。

同じ花は2度と咲きませぬから。

美しさとは、儚さとは、つまり生きて死んでいくとはそういうことですから……。

やがて、冷たい骸を埋めた土の上にも新しい花は咲いて行きます。


それを、本当の幸せと呼ぶことにしましょう……。

それを、神の下す裁きと、そして愛であると思いましょう。


せめて、そうであるように祈ることにしましょうよ……。

ただ、あなたのことを思いながら。

わたしたちのことを、思いながら。

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