路傍に泣く猫あり、

電柱の影は栄養失調。

黄昏は細くたなびきたる。

遠くで赤ん坊が泣いている。母親の叱る声がこだまする。父親の吐息は聞こえない。

母と子が、いっしょくたに狂っている。洗濯機のかき回す、あの衣類の束のように。


路傍には石鹸水が浮いている。

黄昏の風が吹くたびに、あぶくが弾けて飛ぶ。

家々の風呂場から流れてきた石鹸水は白く濁る。時折、皮脂の浮いたしゃぼんを飛ばす。

路傍には哀しみが流れている。

赤ん坊の止まらない、泣き声。

母親の火をつけるような、叱り声。

父親の無音。

無数の髪……陰毛、皮脂を浮かべた蛇のような石鹸水。


そして、そこの暗がりに、路傍の隅に猫がいる。

猫がたった1匹、泣いている。

人々は止まらない。

赤ん坊は泣き止まない。

母親はまだ叱りつける。時折何かを叩きつけるような、音がする。

父親はまだ家の戸をくぐらない。

母と子が、いっしょくたに狂っている。洗濯機のかき回す、あの衣類の束のように。

狂った合間を、石鹸水が流れていく。

家々の涙、人々の疲労、汗、生の轍、死の窃視。

路傍の隅には猫がいる。

たった1匹だけで、路傍の石鹸水を舐めている。

肋の浮いた哀しい、寂しい猫が。

時折しゃぼんを口から出している。

それから少し、泣いていた。

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