巨塊調査の現場にて 洞窟の中で語る、別れの言葉

 ポケットに両手を突っ込み、猫背気味になりながら洞窟の中をゆっくりと進む店主。


「時間の経過を恐れながら、お前を助けに来たんだっけな」


 その独り言を聞く相手はいない。


「その前は、闘技場だっけか? 今じゃ懐かしい昔話だ。『ホットライン』の連中の戦いっぷりを見に行ったんだっけか」


 独り言以外は、響く靴音のみが洞窟内を支配する。


「……覚えてるぜ? 救出する前、憧れのお兄ちゃんと、今の俺とお前みたいに離れ離れになったんだよな」


 静かに足を止める店主。

 意識不明に陥ったセレナを救出に向かった時、その現場と思われる場所だった。


「随分深く掘ったもんだな。……なぁ、セレナ。憧れのお兄ちゃんと、何かしらの縁を持てた気分はどうだ? 俺の生まれ育った場所じゃな、そんな縁が少しでもあると、向こうの世界でも再会してるんじゃないかって解釈されることが多いんだぜ?」


 店主はその場であぐらをかいて座り込む。


「憧れの存在なんざ、どうしても自分との間に線を引いちまう。そしてその線を越えて近づくことは、何となく畏れ多いもんだ。だが今のお前なら越えられる。命を賭して、どでかいことやり遂げたくらいだからな」


 そのまま、まるで首から力が抜けたように頭をカクンと下げる。そして独り言は止まらない。


「憧れのお兄ちゃんも、命を懸けてでかいことをやろうとした。その後を継いだんだぜ? 志を引き継いだ。そして本懐を遂げた。胸を張っていいぜ? いや、俺が許可出すような言い方は良くねぇな。 俺が誇りに思うってことだ。そんなお前にずっと……支えられたかなぁ? こっちが世話してばっかのような気がすんぞ? だがお前、人生の最後の最後で……よく頑張ったな、お前。憧れのお兄ちゃんと、十分なお似合いのカップルじゃねぇか」


 店主はそのまま後ろに重心をかけ、大の字になりながら仰向けになる。


「憧れのお兄ちゃんを失って、荒れてたよな、お前。もう二度と離すんじゃねぇぞ。ずっと、ずーっとお前ら二人で仲良く一緒になってろよ。もしそのつもりなら、俺もこの世界から祝福してやんよ」


 巨塊が存在してた頃は、誰一人として今の店主のような恰好は出来なかった。

 いつ襲われるか分からなかったその場で横になることが出来るようになったのは、間違いなくセレナの功労である。


 それを祝う意味でもあろう。店主はその洞窟の中で思うままにくつろいでいる。

 いろんな物質の力を感じ取ることが出来る店主だからこそそんな格好が出来るとも言えるだろうが、その力をも使いながらの賛辞。

 店主のことを知っている者が、事の始終を知った上で今の店主の格好を見れば、誰もがそう思うだろう。

 素直な表現をしないことが多いのが何とも店主らしい。


「……弔問のような気持ちになるかと思ってたんだが、まるで結婚式に参列してる気分だな。おい、セレナ。俺の顔見えてるか? 涙出てねぇだろ? なんかこう……笑ってばかりだろ? 俺」


 店主が自覚している通り、涙のない穏やかな笑顔になったままである。

 まさしく心の底から祝福をしているようにしか見えない店主の表情。

 その笑顔のまま、やや眉間にしわが寄った。


「それを望んで、俺をこの世界に引っ張り込んだってわけだよな? そう考えると、手放しで喜ぶわけにゃあいかねぇな。ということで、ご祝儀はなしということで……」


 その後もしばらく独り言は続く。

 しかしその独り言もやがて止まる。


 今まで長く心配したことで、心の中に疲労が溜まっていたのだろう。独り言が止まった代わりに、静かな寝息が洞窟内に響き渡り始めた。


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