巨塊調査の現場にて 洞窟の前で知る、別れの時

 ウルヴェスが店主を連れて瞬間移動したのは、巨塊へと続く洞窟の入り口。

 調査団が宿泊のためにキャンプを張っている、一般人は立ち入り禁止の場所。


「……ウルヴェス。何があった。聞かせてくれ」


 店主はあらゆる感情を抑えたような低い声でウルヴェスに尋ねる。それは頭ごなしに問い詰めるような聞き方ではなく、事の始終を知るための報告を聞きたいという様子。


 それに答えようとする調査員は、まず謝罪の言葉を言おうとした。

 しかしウルヴェスはそれを制する。


「良い。妾から言おう。……すまない。セレナは……消滅した」


 閉じていた店主の口の中から歯を食いしばる音が全員に聞こえそうな顔の店主。

 その場がしばらく沈黙する。しかしそれに耐えかねたのは店主だった。


「……ここで何があったか、聞かせてもらえないか?」


 ウルヴェスはその問いに即座に頷いた。


「巨塊と共に、消滅した。同行した調査員達、その場で作業していた作業員達からの報告と、妾が感知したことを照らし合わせると……」



 今までの掘削の進行速度とは打って変わって、ツルハシなどで穴を掘り進む作業の一動作ごとに作業を停止し、周囲の様子をうかがいながら進めていた。それでも作業員達の力はある。一度に掘削するその範囲も大きいため、意外と穴は深く進んでいく。

 魔力や存在する力の居場所や方向などを慎重に確認しながらの作業である。

 セレナをはじめ、調査団の行動に間違いはなかった。

 視認できるぬめりを見つけると、そこもその先も巨塊の通り道。突然巨塊が姿を現す可能性もある。

 そんな危険な場所を迂回するような穴を掘るルートを選ぶほど、安全確保に気を配っていた。


「全員、止まって。作業員達はこの場からすぐに、静かに撤収。調査員達も撤収する準備」


 セレナは小声で全員に伝えた。

 力場針の動きも、次第に近づいているとはいえまだ先にいるような反応であった。


「まだ大分先にいるように思われますが、一応用心のためですね?」


 その指示を聞いた調査員の一人は、小声で聞く。しかしセレナは全員が感じたことと違う答えを返してきた。


「あらゆる力の感知だけなら大分先なんだけど、相手は重力に逆らえる液体だと思っていい。その温度は水の状態から氷になる寸前までの範囲。当然洞窟内の気温と比べると格段に低い。その低さが下じゃない所から感じる気がするの。あなたたちはしばらく待機」


 そう言って、被害を増やさないために作業員全員がその場から去るのを確認し、調査員も撤収準備が整えたのを見て一人、少しずつ奥に進み、行き止まりまで近づいた。その距離は二十メートルもなかったという。


 それは突然セレナ目掛けて上から降りかかってきた。

 まるで、頭上から目いっぱいバケツに入った水を思いっきりひっくり返した時のように。


 はっきりと聞き取れなかったが、何度もセレナは繰り返した。


「全員撤収!」と。


 彼女は最後まで、被害を最小限に食い止めるための努力をした。

 そして店主がこの説明を聞いている現時点、誰一人としてけが人がいないことが、彼女の功績を証明する一つでもあった。


「その時点では作業員は全員洞窟の入り口にいる妾の下にたどり着いた。彼らからその報告を受け、全神経と魔力をセレナに向けた」


 セレナの上から降りかかったのは、調査対象の巨塊だった。

 セレナはありったけの魔力と体力、あらゆる能力を駆使して抵抗。撃退、もしくは殲滅を目論んでいたようだった。


 しかし後ろを向きながら撤退する調査員達の証言から、ウルヴェスは自分の感知が正しかったと知る。

 それは、巨塊が次第に大きくなっていく様子だった。


 しかしそれは突然消滅する。

 巨塊ばかりではなく、セレナ、そして移動する際の痕跡であるぬめりまで消えたという。


 遠距離の瞬間移動の魔法で、洞窟内で撤退しつつあった調査員達を即時に洞窟の入り口まで移動させ報告を受ける。


「……そして妾はテンシュ殿の店に移動し、そして今に至る、というわけじゃ」


「……調査の目的は、巨塊を殲滅するため、とか言ってなかったか?」


「うむ……。消滅という言葉を使ったが、事実上巨塊は殲滅された。この世界から消え去り、二度と現れん」


 セレナ達の活動の目的は、手順は違ったが達成された。

 セレナ自身も、国民のために巨塊を何とかしたいという希望を持っていた。


「……すると、この洞窟も安全になった、ということか?」


「うむ……。巨塊並びに巨塊が引き起こす脅威から、国と国民は解放された。かけがえのない、代わりがない大きな代償を払ってしまった。……テンシュ殿。申し訳ない……」


「頭、下げんなよ、法王。俺には謝罪しなくたっていいさ。みんなも俺に悔やみの言葉とかいらねぇよ。あ、代わりに、俺が望んだ時に店へ瞬間移動してくれたら、それで十分だよ」


 そっとしてもらいたい。

 そんな思いがありありと分かる店主の振る舞いと表情。

 調査団はウルヴェスの瞬間移動で全員帰還を果たした。


「店に戻るときは、妾に向かって声をかけるような気持ちで話しかけるとよい。店にいる者にはそのように伝えよう」


 ウルヴェスはそう言うと、自らも瞬間移動で洞窟の入り口から姿を消した。


 そしてその場所で店主はしばらく孤独な時間を過ごした。


「……お前も、そっちの世界に逝ったか……」


 店主はそう口にすると、ゆっくりと洞窟の方に向かって歩き始めた。

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