巨塊調査の現場にて 店の中の、別れの予感
セレナが巨塊調査に出発して六日目。
最初の三日間はバルダー村までの移動に費やされた。
調査の初日は穴掘りのみ。そして二日目である昨日の夕方に届いた手紙には、巨塊の痕跡を掴んだという中身が書かれていた。
「便りのないのは良い便りって言うが」
シエラに聞かせるともなく呟く店主。
自分に何か声をかけたのかと振り向くシエラに構わず言葉を続ける。
「こうして几帳面に定期的に報告が来るのも、ある意味安心できる、か」
「口にしなくなりましたけど、やっぱり心配が続いてるんですね」
シエラの顔がにこやかなのは、セレナのことを気にかける店主の様子が可愛いと感じたからだろう。
起床して住まいと店の掃除に朝の勉強会と、普段通りの店主に見えるが、手紙を読む顔つきにやや陰りがある。
「あぁ。変わらねぇよ。けど喚いたって状況は変わらねぇ。喚かれたって迷惑だろ? セレナや俺に誰も何もできゃしねぇんだから。無事に戻ってくることを願うだけだよ」
その陰りが失せ、いつもの表情で淡々とシエラに語る店主。
何となくシエラは、店主が弱気になっていることを感じる。
セレナほどではないし寝るときは部屋は別だが、シエラも長らく店主と寝食を共にしている。
気弱な店主を何とかして支えてあげたいと思う気持ちが生まれるのも自然の流れだろう。
今日も、夕方突然現れる手紙に何事もなかったと書かれている文面を期待する一日が始まる。
だがその期待は儚く消えた。
午前中の作業を終えた店主。
背伸びをしながら、昼食の準備をシエラに促す。
「はいはい。今日は何にしますかねぇ。あ、久々に店主が住んでたニホンとかいう所の料理にしよっかなー。料理の本借りますねー」
「あぁ。勝手にしな。人が作ってくれた料理に、不味けりゃ不味いって言うが、それ以外に文句は言わねぇよ」
「今までありがと。とってもうれしかった。でも愛してる」
店主は耳を疑う。
昼飯の料理の話で、何でいきなり愛してるなどと言われるのか。いや、そもそもなぜシエラからそんなことを言われるのか見当もつかない。
「おい。今変なこと口走らなかったか?」
「は? 何も言ってませんよ? どうしたんです?」
二階に上がろうとするシエラは、カウンターにいる店主の方を振り向いて不思議そうに答える。
「今……愛してるとか言わなかったか?」
「は? えーと……なんで?」
念を押すように質問をする店主に、店主が期待する答えをあっさりと躱すシエラ。
そして再度店主に聞こえる返事。
「これからも、愛してる」
シエラの声ではない。聞き覚えのある声が店主の頭に響く。
「セレナ? セレナの声!」
「は? まだ帰ってきてないでしょうが。どうしたの?」
「今……セレナの声、聞こえなかったか?」
入り口でずっと番をしていたライリーは、店主の方を向く。
「セレナさんどころか、客一人いませんよ。誰も帰ってきてませんし、お店にお二人以外誰もいませんよ」
(これからは、私がずっと守ってあげる)
再度聞こえるセレナの声は、耳で聞こえたものではないと店主は理解した。
「……誰かが考えていることを知る。そんな力がこの世界に存在したとしても、俺にはそんな力はないぞ?」
「は? テンシュさん、一体どうしたんです?」
「……シエラさん、それは……まさか……」
ライリーの顔が青くなる。
「店主がこないだ言ってたテレパシーとかですか? 思念感応とか何とか。それは魔術や魔法にはありません。ないですけど……まさか……」
シエラも狼狽え始める。
万が一、いや、それ以上に確率は高い可能性が一つ、三人の心の中に浮かぶ。
「シエラ! ライリー! この店を頼む!」
「まさかバルダーに行くとか言うんじゃないでしょうね! 三日はかかるんですよ?! すぐ着けるわけないじゃないですか!」
合致した三人の予感は、店主の世界の言葉で言えば縁起でもないことである。
そして初めて取り乱す店主を見て、シエラも感情的をむき出しにして諫める。
二人を止めようとするライリーには二人の感情を止めきれない。
そこへ突然現れたのはウルヴェス。
「すまない、テンシュ。妾についてきてもらえるか?」
店主からの返事を待たず店主の腕をつかむとすぐに、二人の姿は店から消えた。
呆然とするシエラとライリー。
「……落ち着かないでしょうが、ここは我慢して待つしかありません」
ライリーの言葉に、シエラはこぼれそうな涙をこらえて頷いた。
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