出発・別離・帰宅・番(つがい)編  帰宅

『法具店アマミ』にて 帰ってきた者はどっち?

 店主が寝転んでいる場所は洞窟の中だが、日中なら太陽の明るさが届く範囲内。

 しかしいつの間にか眠ってしまっていた店主がふと目を覚ましたのは、太陽が沈んで外もすっかり暗くなった夜。


「……兄弟子に去られ、師匠にも突き放され、そして今度はこの世界でも……」


 ぼそりと口にした言葉は、久しぶりに自分のことを振り返った素直な感想である。


「……夜、か。鍵かかってっかなぁ。ま、締め出されてたらどっかの宿に泊まりゃいいか。ウルヴェスー。そろそろ帰るわ」


 そう声を出すと周りがゆがむ。

 しかしそのゆがんだ景色は一瞬だけ。

 普通の景色に戻った周囲は、照明がすっかり落とされた『法具店アマミ』の内部の入り口。


「お帰り」


 すかさず後ろから声をかけられる。

 その声はすっかり聞き覚えのあるウルヴェスのもの。


「……おう。ただいま。遅い時間に済まなかったな。あぁ、謝罪とかはホントにいらねぇからな?」


 店主は笑顔で軽く応える。

 しかしウルヴェスには、店主のようには笑えない。


(お帰りテンシュ。っていうか、遅いぞ。こんな時間まで何してたの?)


 ウルヴェスを見ている店主には、後ろ、すなわちカウンターから声をかけられた気がした。


「シエラ? まだ起きてたの……お? おぉおお?! な、なんだよお前! な、何かの悪い冗談か?! おい、ウルヴェス! これは流石に怒るぞ! 馬鹿にするのも……」


「な、何の事じゃ。謝罪なら……」


(落ち着きなさいよ、テンシュ。ちゃんと話するから)


 カウンターから声をかけたのはセレナである。

 死んだと思われたセレナがカウンターにいる。


「……テンシュ、何かいたのか?」


「は? おまっ……。あぁ、暗いから分からな……あ?」


 ここで店主は気づく。

 明かりがついてない店内でウルヴェスの姿が分かるのは近くにいるから。

 遠くのカウンターに誰かがいるとしても、誰がいるかは分からない暗さである。

 にも拘わらず、そこにセレナがいると分かるのはなぜか。


「……魔物か?」


(よりにもよって、なんて失礼なこと言うのよ!)


「あぁ、そういうことか」


 納得したような声を出したのはウルヴェス。

 ありえない現象になるほどと腕組みをして頷いている。

 店主はウルヴェスとは対照的に慌てている。


「何一人で解決してんだよ! 説明しろよ! なんでセレナ……あ、本当は生きてたのか?」


「……期待させてすまんがテンシュ。セレナは……死んだ。だからこそそこにいるんじゃな」


「は……はぁ?!」


 ますます目を大きく開く店主。


「まず妾には、カウンターに誰かがいるのは分かるが何者かまでは分からぬ。じゃが推察するに、そこにいるのはセレナ嬢じゃな」


「あ、ああ、そうだが……」


「この世界では、命ある者が亡くなれば、みな次の生へと生まれ変わる。もっとも生まれ変わったら、生まれ変わる前の記憶も消えるのじゃが……」


 ウルヴェスの説明は続く。

 死んでから次の生へ生まれ変わるまでの期間は一律ではない。

 すぐに生まれ変わる者がいれば、次の生まで相当時間がかかる者がいるという。


「生前深く関わりを持つ者がおれば、亡くなった姿でその者と会うことがある」


「亡くなった姿って……」


「ま、簡単に言えば魂が生前の姿に変化して会いに行くということかの」


「それが今の……」


 そういいながらテンシュはカウンターを見る。

 そこには店主の方をにこやかに見ながら手を振るセレナの姿。


「いや待て。ってことたぁ、巨塊の元になった皇太子とやらとか魔導士とやらも生まれ変わるのか?」


「それはない。魔物と契約したり融合したりした者は、魂ごと消滅する。禁忌の業ということじゃな」


 災いをもたらす性分を持つ魂の存在を、この世界は許さないということらしい。

 店主はそれを聞いて少し胸をなでおろす気持ちになる。


「で、会いに来た魂はいつまでそいつのそばに居続けるんだ?」


「それは当人同士の会話によるな。じゃがそうか。セレナ嬢が来たか……なら妾はこれ以上ここにいるのは野暮ってもんじゃ。用心棒の件は続けさせてもらうぞ。じゃ、また明朝な」


 ウルヴェスはそう言うと、店から瞬間移動で立ち去った。

 あとに残されたのはカウンターにいるセレナと店主。

 セレナの笑顔がさらに明るくなる。


(ふふっ。お帰りなさい、テンシュ)


 言われるがままに答える店主。もちろん出てきた言葉はこの一言。

「……ただいま、セレナ」

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