新天地 鳥が飛び去った後の濁りは 前

「……どういうことよ、これっ……!」


「う……ウソでしょ……なんで……」


「俺達の、第二のふるさとだったのに……」


「休業って話じゃなかったのか……」


「おいっ! 作業止めろよ! あいつら戻ってきたらどうすんだよ!」


「そんなもん、所有者が決めることだろ。どのみちあいつらにはここは必要ないってこった」


「……あのテンシュらしい決断じゃの。ワシらは、いや、ワシは何にも言えん……。テンシュにとってのワシらは、彼の人生の中ですれ違った通行人でしかなかったってことじゃよ。恐らくは同行のセレナにテンシュの事を託すしかあるまいよ」


「俺の頼んだ物、届いたはいいがどこに支払いに行けばいいんだよ……」


「「「「「「「いやお前は探せよ」」」」」」」


 最後の一言は、発送元の表記が『法具店アマミ』とセレナの名前のみの依頼の品が届いたバディラット。

 そこで見守る全員からツッコミが入る。


「悪いがこっちも仕事なんだよ。文句つけるなら施工主に言ってくれ。俺らだって生活がかかってんだからよ」


 常連客達や馴染みの者達が呆然としてそこに立ち尽くす。

 そんな彼らに愚痴をこぼしたのは、ベルナット村の大工業を営むウェリベ。

 この村にしては従業員を多めに雇っている建築や解体を行う業者の社長である。

 ウェリベの今の仕事は、『しばらく休業します』と書かれたプレートが入り口の扉にかかってある『法具店アマミ』の建物の解体作業。

 中にある家具などが外に搬送され、壁と天井を壊し、店舗と倉庫は柱と梁だけになる。


「進んでるな。野次馬が大勢いるが気にするなよ、ウェリベ」


 仕事に励むウェリベに声をかけるのは、この村で不動産業をしている一人、ダッバス。


「や、野次馬たぁ誰の事だよ! 俺らはここの持ち主……住人を心配してだな」


「わしんとこに売り出しに来たよ。テンシュとやらとセレナだったか? 人間の男とエルフの女だったな」


 ウェリベ達の解体作業の音は大きい。

 しかし二人の心配をする者達には、それでも水を打ったような静けさを感じる。


「い……いつ……のこと、ですか?」


「もう二か月か……三か月は経ってないか?」


『風刃隊』のワイアットの質問にダッバスは記憶を手繰る。


「二回目の休業の辺りじゃないか?」


「そんなぁ……私待ってたのに……」


 シエラが泣きべそをかいている。

 その横で突然大声を出す姉のリメリア。


「そう言えば商品は? テンシュが作った道具とかは?!」


「外に運び出されたのは家具だけですね。作業机もソファも一まとめに置かれてますが……ショーケースがないな」


 ライヤーが気付く。


「……引っ越しするのかってダイレクトに聞いたこと、なかったな。そう言えば。……で、ここは空き地になるのか?」


「いや。竜車の停留所にしようかと思ってる。バルダー村ではまだ宝石が採れる。冒険者達の足はまだ途切れない。宿泊所も兼ねた建物を建てれば、いくらかは村の収入にはなるだろう」


 村の事情や情勢を知らない、部外者である冒険者達は何も口を出せない。

 ダッバスの話の内容を要約して考えると、店主とセレナ自らが所有権を放棄したとしか思えない。となると帰ってくる見込みはほとんどない。そんな建物を維持したところでその行為に意義は感じられない。

 そんな冒険者達のしたいことやしてほしいことに比べれば、ダッバスの考えや決断の方がより有意義である。

 仕方がない。

 冒険者達はそんな思いが顔に出る。

 彼らだって、いつまでも一か所に留まることはほとんどない。なぜなら依頼がなければこの仕事は続けていられないし、依頼がある現場に向かう必要があるからだ。

 しかし集まっている者の中で例外が一人いた。

 その者の嗚咽が、その場にいる者は解体作業の騒音の中でも聞こえてきた。

 それは、冒険者を志望するものの、現在は店主に弟子入りを熱望していたシエラのものだった。


 姉のリメリアに支えられながらその場を去る。

 いつまでもそこにいても、何も始まらない。


 冒険者達は一人、また一人とその場から去る。

 解体作業は進み、『法具店アマミ』だった建物は跡形もなくその地から消え去った。

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