新天地 後ろを向いて飛ぶ鳥はない

 ミラージャーナに引っ越した『法具店アマミ』では、ささやかなサプライズが起きていた。


「テンシュ、最近結構放映機見てるよね。まぁ急ぎの依頼もないし……って引っ越しして二か月も経ったかな?広告も宣伝もしないからお客さんは来ない。蓄えはあるし時々冒険者業もするから生活に困りはしないけど……。何か面白い番組とか見つけた? あ、碁の番組?」


 セレナが近寄って来る前に、店主はその機械のスイッチを切る。

 放映機とはテレビのような物で、日本とこの世界との呼び名は違うがその機械の目的や機能は似たものがある。

 この世界の生活に慣れてきたテンシュは、ほとんどのこの世界に存在する物を誰の手も借りずに使いこなすことが出来るようになった。

 この世界では様々な呼び名を持っている、国民的人気を持つ知的競技がある。その呼び名の一つが『闘石』。

 店主は自分の特技とも言えるほどではないが嗜む程度の力は持っている、日本の文化の一つでもある碁に似ていることから、巨塊討伐の件以来縁を持った法王からの私的依頼により、『碁』という名称に統一され定着した。


「……いや、別の番組。ところで……あ、客だぞ」


「え? あ、いらっしゃ……っと、ニィナさん。珍しいですね。そちらからここまでって遠いでしょ?」


 この店の初めての客が来たと思いきや、三回くらいしか対面したことのない人物。

 だが、今の『法具店アマミ』の、素材採集地域を含めた所有地の元地主であり、建物を建てた建築士でもある建具屋ニィナ=バナーだった。


「やあテンシュ。それにセレナ。あぁ、あたしにゃ『さん』はいらないよ。それにしてもいい感じになってるじゃないか。豊富な品揃え。冒険者ご用達ってとこだけど……何か派手なアクセサリーもあるね」


「あぁ、そっちが俺の本業。宝石職人だからな。だが宝石も力を持ってて、こいつが冒険者もやってるっつーから冒険者用の道具も作るようになったってとこ。面倒くせぇことやらされてるよ」


 その店主の言葉を聞いてやや不満そうな顔になるセレナ。

 その二人を見て笑うニィナ。


「あはは。いいコンビじゃねぇか。で、実は今日、挨拶に来たんだ」


「「挨拶?」」


「あぁ。そっちは大っぴらに宣伝しないんだろ? でも客は来てもらわなきゃ困るよな? とは言っても、どんな客でも大歓迎って話でもない」


 同じ職人同士ということもあってか、テンシュはニィナの言うことに一々頷いている。

 ベルナット村で店を始めた頃の、気難しいだの気まぐれだのといった店主の様子は、セレナからは見ることが出来ない。


「こんな道具作ってもらったんだ。あたしに相談持ちかけてくる客に、ここで解決できそうなら紹介しようかと思ってさ。もちろんテンシュの事も考えるよ? 面倒くさいって言うときがあるくらいだもんな。あんたも客、選ぶだろ? 気持ちわかるよ。あたしもだもん。あははは」


「それはいいが、挨拶って何のだよ」


「この近くに、ここみたいに職場と住まい一緒にして引っ越すから、その挨拶。この付近は土地勘はあまりないけどあんたらほどじゃないし、町に出掛けることがあるならちょっとした案内を説明できると思ってさ」


 あまりやたらとベタつかれても対応に困る。しかしそこはニィナも心得ているようで、互いに必要な物の押し付け合いはせず、もしそのような物があるなら取引の形態をとること。どちらか一方的に得をし、損をするような関係にはならないことを前提とする付き合いを申し出た。


「それにあたしの引っ越し先もあたしの土地だし、いい木材が育ってるからね。向こうは材料の倉庫にでもするさ。まぁそういうことだからよろしく頼むよ」


「ニィナ、よろしく頼むのはこっちの方だと思うよ? テンシュも私も首都は詳しくはないから」


「へぇ? 冒険者稼業の現場がミラージャーナになることは意外と少ないのかい?」


「そうね。トラブルが起きるとしたら住民同士が多いから。冒険者への争いごとの依頼だと魔物が相手になる事が多いのよね。だから魔物が多くいる自然に囲まれた地域の方に行くことが多いかな」


「そうかい。ま、困ったことがあったらいつでも来なよ。今までだったら相当遠かったけどちょこっと歩く距離に移ったからさ」


 そう言い残して背中越しに片手を上げて店を出るニィナ。彼女を見送るセレナ。


「近づきすぎず離れすぎず。有り難い申し出だな。新天地に来て早々いい縁をもらえたものだ」


 店主の呟きがセレナの耳に入る。


「……テンシュ、ホントに人格丸くなったねー」


「今までの周りが異常だったんだよ。お前筆頭にな」


 店主との出会いの時のことをいまだに反省しているセレナは何も言えず、笑ってやり過ごす。


 店主の言う通りそんな縁が『法具店アマミ』で新たに生まれたその頃、ベルナット村では一つの縁が消えかけていた。

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