新生活
ベルナット村を朝に出発すると、三日目の夕方に到着するくらい離れている首都ミラージャーナ。
村を夕方に出発した店主とセレナが首都に到着したのは三日目の早朝。
竜車は店主が住みなれていた日本でのタクシーのようなもの。ただ、動力が生物であるため、路線バスのように通るルートは決められている。そして荷物がたくさんある客には、客車のほかに別車両の貨物車も用意される。
寄り道は大きな通り沿いなら一か所くらいなら容認される。客の注文によっては細い道に入り戻ることが困難になる場合もあるからだ。
店主は貨物車は先に引っ越し先に行かせ、客車には建具屋ニィナのところに寄ってもらうことにした。
幸い大通り沿いに近いため御者に確認後、途中で停車し宿泊した先からニィナに遠話機で連絡を取っていた。
「朝っぱらから精が出るねぇ。ってあたしもか、あはははは」
豪快な笑い声と共に客車に乗り込むニィナ。
扉の交換もその時に依頼していたので、そのための工具も持ち込んだ。
「竜車ってのはこうなってんのか。へぇ、初めて乗ったよ。遠距離の職場はないもんでね。テンシュっつったっけか。あんたは? 法具屋? へぇ。魔法の道具だろ? うちの道具にも魔法かけてくんねぇかなー。いや、倍働けるようになるなんてもんじゃなくて、錆止めとか刃こぼれしねぇ道具とか作ってほしいなってな。あ? 冒険者用? 装飾品も? あぁ、そっちの方かい。装飾品ねぇ。あたしにゃ似合わねぇな。つーか仕事柄変なモン身につけると作業の邪魔になるからさ。あはははは」
職種は違えども、店主も彼女も同じ職人。しかし彼女はよくしゃべる。店主は日本にいた時も比較的あまりしゃべらない方だが、彼女のあっけらかんとした性格のためか、自分と性格が正反対の彼女だがそんなに不快感は感じなかった。
村から首都までの道のりを思えば、建具屋から新しい引っ越し先までの距離はあっという間。
先に到着していた貨物車は既に待機。ニィナは御者への礼の言葉もそこそこに、早速扉の入れ替え作業に取り掛かる。
店主達は、貨物車の荷物を店舗と住まいへの運び込む。
「扉のとっかえなんて単純作業。もう終わったよ。そっち……はまだかい。ほらほら、運び出しくらいは手伝うよ」
物運びの要領もいいニィナが加わることであっという間に荷物の整理まで終わらせてしまった二人。
あとは『天美法具店』に移動しておいた荷物のみ。
「ちょっと事情があるんで、二人で荷物を外に出します。ショーケースですからそれを店舗に設置する手伝いお願いしたいので、外で待っててもらえますか?」
扉の交換の際に、倉庫の中の様子がちらっと目に入ったニィナ。
しかし内部は暗くてどうなってるかはよく見えなかった。
店主からの要望で言われた通りに外で待つ。
店主は店主で荷物運びのプロでもありそうなニィナにも手伝ってもらいたいが、異世界に転移することだけは今のところ店主とセレナ、そして住む世界は異なるが店主と同じ人間族である、冒険者チームの『風刃隊』リーダーのワイアットの三人のみ。
それにこの世界の者達も異世界の存在は思いもしない。
余計なトラブルを招きかねない迂闊な行動はとるべきではないと判断した店主は、ニィナにそのように頼む。
もっとも運び出すのが困難な品物はそのショーケースのみ。
『法具店アマミ』から運び出す時と違い、今回は一旦屋外に出す。それが意外と二人にとって負担になるせいか、すべてを運び出し終わった時の店主とセレナは、汗をかきながら赤い顔をして息切れを起こしている。
「二人とも休んでな。重さだけならあたし一人で運べるからさ。あとはバランスと入口の広さに注意して……っと」
軽口を叩くようなニィナの口調だが、その動きは慎重そのもの。
貨物車からの荷物の運び入れの手伝いほど早くはないが、二人が安心して見ていられる仕事の安定感はある。
「さっすがプロ。もう運び終わっちゃうね」
「ははっ。プロなのは物運びじゃなくて建築の方さ。だが褒められて悪い気はしないね。折角だ。褒めるばかりじゃなく、置き場所の細かい指示ももらおうか。どこに置くか決めてあるかい?」
店主はニィナの好意を有り難く受け、客が入店して快適と思われる位置を伝える。
程なくしてセッティングはすべて終わり、あとは店主とセレナだけでも人手が足りる荷物の整理のみ。
「なかなかいい店になりそうじゃないか。……って言ったら自画自賛になっちゃうな。あはははは」
建物の基礎作りから内装まで、一人ですべての作業を完了させたニィナ。店主達の店を褒めることは、まさにニィナの言葉通り。
しかし店主もセレナもニィナの仕事ぶりには賞賛以外に言葉が出ない。
おまけに荷物の運び入れまでしてくれた。余計な時間を取らずに済んだことも二人にとって大いに助かった。
「あはは。なぁに、こんなの朝飯前だって。あんたも職人なら分かるだろ? 自分の仕事終わった後の世話……ってのか? 行きかけの駄賃だよ、こんなの。あは……」
ぐうぅぅ……。
ニィナの朝飯前という言葉に反応したのか、彼女のお腹から音が鳴る。
「……そう言えば時間の事忘れてたな。こっちの都合ばかり押し付けてニィナさんの都合すっかり頭の中から抜けてた」
店主の気まずそうな声に、途中で止まったニィナの笑い声が、まるで引き継ぐかのように続く。
「あははは。『さん』なんて堅ッ苦しいのはいらないよ。一緒に汗を流した仲だしな。あたしもお腹の虫もこんなに元気ってことだから気にしない気にしない」
「今の時間空いてる食堂とかないか? そういう仲と思ってくれるなら一緒に朝飯食いに行くってのはどうかなってな」
「御者さんに聞いてみようよ。あの人たちの帰りの途中でそんな店あるかもしれないし」
二人はセレナの提案にのって御者に開店している食堂やレストランの場所を尋ねる。セレナの思った通り、帰り道の途中にあるらしいが距離が短すぎるため料金は発生しない。料金が発生しない以上客車には乗ることが出来ないが、物のついでという御者の温情で貨物車の方に乗せてもらい、目的地まで運んでもらった。
乗った車両は貨物車の上、料金がかからないということで三人は荷物扱いということである。
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