引っ越しまでの…… そして新天地へ
二度目の休店の初日、店内の品物を一気に荷造り。代用できないショーケースも倉庫に二人で運んで『天美法具店』の二階に何とか収める。
作業机などは何かの板に足をつけるだけでも事足りる。そんな大きな道具や家具は置いていく。
息をひそめ夕刻を待ち、不動産の営業所に駆け込んで土地と建物の権利を放棄する手続きを取る。
すぐに竜車の停留所に向かう。
首都のミラージャーナ行きの時間に間に合わせられたのは、出発時刻と手続きに要する時間の事前調査のおかげ。帽子屋をはじめとする近隣住民にも何も告げず、ベルナット村を後にした。
「……ねぇ、テンシュ」
「んぁ?」
セレナから呼びかけられ、店主は読んでいた本から目を離す。
「ここに来て二十年くらいになるでしょ? ニホンって言ったっけ? ニホンからこっちに移った時のことと、今首都に引っ越すためにあの村が出るのと、どっち寂しい?」
「なんだそりゃ? あの村に未練でもあるのか? ……何度か似たような質問したよな。情緒不安定か?」
「茶化さないでよ。……テンシュ、いつかふらっと私のところからいなくなるような気がしてさ。テンシュって本当に自由気ままな人っぽいもの……」
これまでのシエラとの話を傍で耳にしたセレナは、その時の店主の平然とした態度も目にしている。
シエラにとっては日常の一部。しかしその日常の中で、シエラは自分が知らないうちに間違いなく大きな転機を迎えるだろう。
セレナにとっても同じことが言える。
何気なく過ごしていく毎日の中で、突然自分の前から店主が姿を消す。
そこに何の前触れもない。
「シエラちゃん、ショック受けると思うよ? 弟子入りしたいってあんなにせがんでたもの」
「弟子入りしようとする相手にだな、いきなりこんなことしなくていいんじゃないですかって物言いはないだろうよ。あの時点で俺はあいつを拒絶した。だがあいつの行動を束縛する権利は俺にはねぇよ。ついて来るななんてことは一言も言ってねぇ。好きにしろってこった。どう受け止めてたかは知らねぇけどよ」
「私はいきなり目の前からテンシュがいなくなっても、テンシュのこと探すからねっ。探知の魔法とかもあるし、必ず見つけるよ?」
セレナの話を聞いているのかいないのか、店主はひたすら本を読み続ける。
十分くらい経ってから、店主は呟くように話し始める。
「……事情を知らなかったから、ということもあったが」
「……ん?」
「いきなり俺をこの世界に引きずり込んだ。はらわたは煮えくり返ったさ。だが事情を知ってからは、お前も巻き込まれた立場なんだよなって思うようにはなった」
セレナは無言のまま、店主の話を聞いている。
「話に聞いただけで体験したわけじゃねえから憶測で言うが、お前が巻き込まれたのは爆発なんかじゃねぇ。前の王のわがままぶりにだ。だから俺が腹を立てる対象はそっちの方なんだなってな」
本を読み終えたのか最後のページに目を通すと、両手で音を立てて閉じる。
そして次の本を手に取る。
「あの隣の村で、感謝祭云々って話したろ? 提案しといてなんだが、一発ぶん殴らねぇと気が済まねえって思いもある。だがその思いは、あの村に災難を降り掛けることになる。俺が引っ越すには頃合いなんじゃねぇかって思ってる」
セレナへのわだかまりはとうの昔に消えていたようだ。
「じゃあ今まで私に邪険にしてきたのは何だったの? ずっと私への当てつけとかだと思ってたんだけど」
不満そうに口をとがらせて店主に文句をつけるが
「うん、相手にするの面倒くさかったから。俺の寝室でのお前の話、やたら俺に絡んできやがって。最後に弟子入りだの何だのって、自分が何かしたいときに一々誰かに確認するってどんだけお子様なんだよ。今の話だと、嫌だっつってもついて来る勢いじゃねぇか」
結局いつもの店主節に戻る。
「お前が何かをするしないはお前の勝手。俺も俺で俺の勝手で物事を進めていくさ。だが俺はお前に頼る気はねぇ。あるとしたら取引だ。だがそれを押し付ける気もねぇ。頼りにしたいってんなら頼りにしな。頼られたい思いはこれっぽっちもねぇけどよ」
セレナは疲れた笑いを顔に浮かべる。
「うん、頼りにする。私が困ったときは、勝手に店主に頼る。でもテンシュの相手するのも割と面倒くさいよ?」
「面倒ならやめちまったらどうだ? 俺なら面倒くさいっつったらすぐに止めたりやろうともしなかったりするの、何度も見ただろ」
「面倒くさいけど、テンシュと一緒にいると飽きないし、楽しいよ?」
セレナの笑顔を見て「勝手にしな」と一言口ごもらせ、新たに手に取った本を読み始めた。
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