引っ越しまでの…… 準備は万全

 隣の棟の入り口に挿げて、倉庫の荷物をすべて運び出した後、地下の倉庫の荷物も移動させる必要がある。

 シエラには、在庫と倉庫の整理ということで、荷台で移動。

 彼女には、店主が力仕事をするのは珍しく新鮮な感じで見ている。


「シエラちゃんが来る前……っていうか、テンシュがここに来てから時々は大掛かりな整理はしてるのよね」


 運搬中に聞こえてくるシエラへの説明。


「お前が怪しげな品物作ってばっかだからだろうが。俺の腕まで怪しまれるから作り直したら、今度は倉庫にもあるときたもんだ。こんな仕事俺には不向きなんだよっ」


「私が手伝おうとすると、余計なことしてどこに何が置かれたか分かんなくなるって拒否したのテンシュだよ?」


 店主とセレナの言い争いが始まる。

 それをなだめるシエラだが、この二人の口論は芝居。二人とも大した役者ぶりである。


「テンシュー、仕事関係で手紙預かった。今日中に読んでほしいって。急いでよ? 最近鈍いんだから」


 セレナのアイデアが冴える。しかしシエラが住み込みのため、店主と二人きりになる事が滅多にない。

 セレナから伝えたいことがある時は手紙にして、中が見れないように封をして手渡し。

 食事時に二人を先に二階に上がらせ、その時に手紙の封を開けて目を通す。


『荷物をすべて運び出した後の扉の移動は、輸送ではなく私達の荷物に入れると、怪しまれる機会が減るかも。配送業呼ばずに済むから。ただし梱包は、素人が運び出しても破損がないように入念に』


 書かれている文字は鉛筆。油性のペンで文字列を塗りつぶしたあとでどんな魔法でも修復できないくらいに細かく裁断。

 そして二階に上がる。


「おぅ、俺の仕事はどうせ鈍いからお前から伝えとけ。『了解』ってな」


「そ、そんなことないですよ。いつもと作業の速さは変わりませんよ。セレナさん、テンシュさんにいろいろ高望みし過ぎじゃないですか?」


 店主の言葉が嫌味か自虐かに聞こえたシエラは、セレナとの仲を取り持とうとする。

 しかしいつもの店主節にも聞こえなくはない。

 それでもこの二人のやり取りを黙って見届けるには、シエラにはあまりに不穏に感じ、仲介せずにはいられない。


「まぁこいつが俺の仕事をどう思おうが、俺にはすごくどうでもいい」


 店主のいつもの言葉が出た。

 店主の「どうでもいい」ことは、店主にとって本当に「どうでもいいこと」であることを覚えたシエラは、そこでようやく気持ちが落ち着く。



「それとシエラ、明日からまた一週間くらい店休むから。その間お前店には立ち入り禁止な」


「え? また休むんですか?」


「別に言う必要はないんだけどよ、居候してるからな。巨塊の宝石化って意外と影響でかかったんだよな」


 素材集めのため、採集場所の確保は必要である。引っ越し先の条件の一つもそれであった。

 だがそれで十分とは言い切れない。だから嘘は言ってはいない。

 誰にも引っ越す気配を見せずに、その日がいよいよ目の前にやって来た。

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