新生活 ようこそ
「今日は朝から貴重な体験させてもらってうれしいね。あはははは」
竜車の客車ばかりではなく、貨物車両にも乗るという滅多にできない体験をして喜んでいるニィナ。
地元のミラージャーナ以外の地域で仕事をすることがない建具屋の彼女は、遠距離移動をしたことがないと言う。
普通の馬車でも遠距離の移動は出来るが、馬の体力が持たない。
首都の中では数え切れないほど乗ったことのある馬車とは違い、走る個室の異名をとる竜車の乗り心地はニィナも気に入ったようだった。
御者に案内をしてもらった食堂でようやく一息つけた三人。
あっという間に注文を決め、料理が出てくるまでの間も歓談。
朝食前の仕事も珍しくないそうだが、店主達が購入した土地の方角は仕事自体初めてとのこと。
この地域の土地勘もほとんどない彼女。首都ではこの時間帯に空いている食堂も少なくはないが、この地域ではどこにそんな食堂があるかまでは詳しくない。店主が購入するまでのその土地は、そんな彼女にとってお荷物だった。
「仕事をしたはいいんだけどさ、持ち金が少ないからってその代わりに土地を譲るって言われてさぁ。金を使って買い物は出来るけど、土地じゃ買い物できないしね。お金に換えてもたかが知れてるしさ。そんな客一人や二人じゃないから困ったもんでね」
そんな土地の一か所を店主が買い取ったのだから、そのこと自体ニィナにとっては喜ばしいのだがさらにそこに建物を建てるという彼女の本業の依頼もついてきた。ニィナが受け取る額以上に喜ぶのも無理はない。
「大地主ってわけか」
「そぉんな柄じゃないよ。あはははは」
少し驚いた店主の一言を笑い飛ばすニィナ。
作物も育てられず、何かを採集できる知識もない。さらには家賃や土地代など全く入って来ない土地の地主なんか興味もない。
もっとも家賃が入ってきたところで、本業の収入にはとても届かない。
「大体誰が僻地の土地や家屋を借りるかっての。あはははは。……ところでさぁ」
水を一口飲んだ後、豪快な笑い声の後の声を潜める。
「あんたたち、何であんなところに引っ越すの? 素材採集とか何とか言ってたけど、店は別のところに立てても良かったんじゃないの? それにあんたたち、どういう関係? 夫婦?」
「違う。……汚ねぇよ、オメェ」
即座に否定する店主。その横で飲みかけの水を吹くセレナ。
ニィナは自分の予想と違う反応にきょとんとする。
「ただの仕事仲間か。なぁんだ。お似合いだと思ったんだけどね」
「あぁ。二人きりで店を続けるんだ。客が大勢やってきたら捌ききれねぇからな」
「捌ききれねぇほど仕事が殺到するうちが華だよ? あはははは。にしても長らく店を続けて来たって感じだね。何でこっちに来たの? まあこっちの方が客はたくさん来るだろうけど、それでもあそこで商売するには立地条件厳しくないか?」
「あちこち放浪しながらの商売だからな。こいつは元々冒険者。二人揃って根無し草だったんだが、そろそろ腰を落ち着けてたくってな」
店主はベルナット村でのことは話題に出さなかった。
この世界の誰からも貸しは作りたくはない店主。過去に捕らわれ、一地域にだけ思いが縛られるのだけは避けないと、そこに付け込んで恩に着せようとする者も現れないとも限らない。そこから借りは生まれてしまう。
それに店主の腰を落ち着けたいという思いは本音でもある。
また第三者から追い出されるようなことがあっては、仕事に集中すること自体難しくなる。
「まぁこの町にはいろんな種族もいるし、いろんな事情を抱え込んでる奴もいる。昔からこの町に住み着いてる奴もいる。いろいろいるから、余所もんは出てけーなんて言う奴はいないさ。逆に声高々にそんなことを言う奴が追い出されちまう。住民代表じゃないけど、あたしは歓迎するよ。ようこそミラージャーナへってな。ってこたぁこれ、お二人さんの歓迎会ってことになるね! あはははは」
三人の目の前に注文した料理が運ばれ、店主達はようやく朝ご飯にありつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます