環境変化編 第八章:走狗煮らるる
店と村
チェリムが店から出た後の雰囲気が暗い。
遊びにきたライリーとホールスもその雰囲気を読む。
「来たばかりだけど……帰ろっか」
「……うん。じゃ日を改めてまた来ます」
いつもの店主なら
「待ってねぇから」
「来んじゃねーよ」
そんな乱暴な口調で追い払うくらいのことはする。
それが何も言わず、宝石の細工をしているのみ。
二人は何か異常を感じ、見合わせながら店を出る。
「……テンシュ……。この店……」
「お前がこの店をなぜここでやりたかったかってことだな。何で隣村でやらなかったのか。なぜここだったのか」
「斡旋所があったから。宿と鍛錬所、養成所が一緒になってたの。巨塊から一番近い、そんな斡旋所はこの村だったの」
フン、と店主はセレナの答えに鼻息一つだけの反応。
「巨塊の騒動が終わり、そいつが残した宝石も掘り起こされる。巨塊は居続けるが大人しくなっている。今までのように宝石がたくさん生産されなくなる。依頼を受けた冒険者が訪れる数もやがて減る。村の者達の生活も戻っていく……」
「うん。魔導師が呪いをかける前の生活に戻る。この店がなくても村が成り立つ平穏な時がまたやってくる……」
「この村でなきゃならない理由が消えたなら、この村から消えるのも必然だろ。俺はあんまり気にしねぇが、言われてたのを聞いてただろ? 余所者ってな。いつかはそうなるつもりでいた。この世界では俺の故郷はない。だから俺は、仕事が出来るとこでありゃここでなくてもいい」
だからこその店主の「すごくどうでもいい」といういつもの言葉。
この村で店を、仕事を続けることすら「すごくどうでもいいこと」だったのだ。
だがセレナはどうか。
「憧れの兄ちゃんが一生を終えた場所。お前らと親しい客を結び付けた場所。いくらかはこの村には情はあるんじゃねぇか? だが……」
言葉を出すのを一旦躊躇う。
しかし再度開いた口から出てきた言葉は軽い口調。しかし、セレナには辛辣だった。
「村にとっちゃ、お前も俺も大した役には立ってなかったってこと。俺らがここにいて喜ばれたのは、巨塊のトラブルがあったから。村のために何かをしたことがなかった。ただそれだけのこと」
「村に何もしてないなんて……!」
「してなかったぜ? 何かしたと思ってんなら、それは後付けの理由だ」
セレナがムキになって出す異見を打ち消すように平然と応える店主。
「俺はお前から一言も、この村のために頑張るなんて話は聞いたことがなかった。村とは無縁だったんだよ。あるとしたら、ただ店を構えることが出来たってことだけ」
「……ここからこの店がなくなったら、冒険者達のみんなは……」
「勝手に適した店を探すだろ。俺らがいなくなった後は、俺ら無しで工夫して冒険者業を続けるしかないだろうよ。俺らが責任を持つのは冒険者じゃなく、作った道具だ。しかもいつまでも無料の補償をできるわけじゃない。留まりたい思いの正当な理由に客を利用するのは止めろ」
瞬間セレナは店主を睨み付ける。
しかし店主はいつもと同じ調子でそれを受け流す。
「引っ越し先、決めとけよ? 俺はどこにも土地勘はないからな。それと伏魔殿の近くも止めとけ。俺、結構神経擦り減らしたんだからよ」
「……考えとく」
────────────
天流法国某所にて。
「貴様のせいで猊下に睨まれ続けておるわ! どうしてくれる!」
「お前が先走り過ぎたからだろう? アムベス。慎重に動けば、構想を練ればあのようなミスは起きなかったぞ?」
「くっ……! このままでは猊下の好き放題にされてしまうではないか!」
「先の先を読むことだ。アムベス。それが足りなかったからあのようなことがあったのではないか?」
「落ち着かれませ、閣下。面白い噂話を仕入れました」
「……落ち着ける話などどこになかろうが!」
「例の余所者が、あの場所から追い出されそうになっております」
「……あの余所者に八つ当たりしても足りるどころではないわ!」
「猊下があの者をお気に入りにしてると言われてもですか?」
「……貴様、何を企んでおる?」
「はい、村に紛れ込み、追い出そうと考えている者の背中を押すのです。根無し草で所在不明の存在となります。猊下も会いたくても会えぬ、味方としてはアテにならぬ者となります。生存情報はある。しかしどこにいるか分からないでは、気持ちは切り替えようにも切り替えられぬでしょう」
「そこに付け入る隙が生まれる、か。だが所在不明とするにはどのようにするつもりだ?」
「はい、移転先をこちらで抑え、彼らには野宿の生活をさせます。新たに移転先が決まったらそこに移住するのを見てから追い出しにかかり、再び野宿の生活をさせる。猊下が手に入れる、彼らの生存情報は間違いなく追いつかなくなるでしょう。あとは閣下の考え次第、ということで……」
「よし、すぐに実行せよ! 猊下には少し大人しくしてもらわねばな……」
「すでに手は打っております。彼らが会の村を出るのは時間の問題です」
「余所者、というだけでは別に構いはしなかったのだがな。猊下と関わったのが彼らの悲運。そればかりは同情せんでもない」
「しかしアムベスよ。その企みも露見すると、流石の温厚な猊下もどう出るか分からん。慎重な行動は欠かすなよ?」
「……言われんでも分かっておるわ!」
───────────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます