「すごくどうでもいい」という呪文

「なぁ」


 パチリ。


「なんじゃ?」


 カンカンカンカン。

 シャッ。シャッ。


「この店はさ、一応年中無休なんだよな」


 パチリ。


「ふむ」


 パチリ。


「俺の休みの日でもさ」


 パチリ。


「うむ」


 パチリ。


「行くとこないからやることもない」


 カン、カン、カン。

 シャッシャッ、シャッ。


「こっちにとってはありがたいことじゃな」


 沈黙。


「仕事好きだから店にいるんだよ」


 パチリ。


「ふむ」


 パチリ。


「で、俺は一応休みで、店でのんびりしてるわけだ」


 カン、カンカン、カン。


「ふむ」


 パチリ。


「だから俺が休みの時に、爺さんが来て俺を相手にするのは別に悪くはないんだけどよ」


 パチリ。


「あ、それちと待ってくれんか」


「だから何でこんなヘボの相手させられにゃならねぇんだ! ちったあ腕磨いてからにしろよ! 俺はジジィの師匠でもねぇし、退屈しのぎの相手専用じゃねぇんだよっ! ひ孫の相手でもしてろよ!」 


「いいじゃない。お年寄りたちが喜んで活力が上がるってんなら、地域の貢献の一つにもなるわよ」


「だったらセレナが相手しろよ! ハンデ与えてやり合う打ち方なんて普通に打ち方と違うから感覚狂うんだよ!」


 店主の言う通り、この店は年中無休。

 しかし仕事ばかりの毎日では、炊事、掃除、洗濯などの日常の雑用が捗らない。

 その雑用が終わった昼下がり。

 帽子屋チェリムが散歩の途中で『法具店アマミ』に立ち寄っている。

 先の碁盤作りで、チェリムは店主が碁を嗜むことを知った。

 彼は腕を試してやると大言を払ったものの店主はあっさりと返り討ち。中盤に差し掛かったあたりで敗北宣言。

 それを繰り返すこと二回。

 現在三局目の序盤である。


 しかもよりにもよって、店主は空いている時間に宝石細工の作業中にである。


「私は店番だもの。またお客さんの数が減り始めたけどね」


 カウンターで店内の方を向いているセレナは時折二人の対局に目をやるが、それは彼女も退屈しのぎ。

 雨期も過ぎ、冒険者達の買い物客が増え始めるかと思われたが意外と少ない。

 依頼の件数も取り下げられることが多くなり、閑古鳥が鳴き始めている。


「なぁ、テンシュ」


「なんだよ。四局目はやらねぇよ。腕鍛えてからなら考えなくもない」


 上から目線で態度を大きくしながらも、店主は一人で碁石を片付ける。チェリムは腕組みをして、何やらやや深刻に考え込んでいる。


「井戸端会議程度の話なんじゃがの」


「何だよ」


「この村の商店街のもん達が集まってな」


「あぁ」


「この店にこの村から出てってもらおうって話が上がっておる」


 チェリムの言葉に相槌を打っていた店主。

 その店主よりも驚きの声を上げるセレナ。


「どうして?! 私がここに来たときは歓迎されたのに!」


「他の道具屋がな、巨塊騒ぎの時から売り上げが下がっていっとる」


 チェリムは自分の言葉に店主がどう反応するかを見ていたが、店主は碁石と碁盤を片付け以外に何も考えていない様子。


「村の者達の生活に不安を感じ始めたんじゃな。巨塊騒ぎん時は、直接の被害はこの村にはなかったが……」


「で、でも私は今までそんなこと言われたことなかったのに」


「俺が来てからだろ。買い物客のターゲットをそれまでは絞ってた。けど俺が来てからは、他の道具屋が買いに来た客がこっちにも流れた。ま、おれにとってはすごくどうでもいい」


 店主の言葉にチェリムの眼光が光る。


「どうでもいい話ではないぞ? ワシの店はさほどの売り上げは影響しとらんがな。じゃがどうなるかは分からん。商売の鞍替えも必要になるじゃろ。店は客に選ばれるもんじゃしな」


 セレナは溜息をつく。

 商売となると、特に同業者からは競争相手になる事もある。

 他店を貶すようなことは絶対にしないが、それでも人気の差は自然に現れる。


「生活に困る者があらわれるとなるとな……。この店、いや……セレナちゃんにテンシュか、お主らには村にいてほしいとは思うがな」


「……すごくどうでもいい話だな」


「ちょっとテンシュ! そんな言い方ないでしょう?」


 碁石と碁盤を片付け終わると、作業用の椅子に座り、二人を見る。


「村の者たちは、村以外で店をやるつもりはないんだろ? じゃあここはどうなんだ? この村を選んだのは何だ? 巨塊討伐が理由の一つ……いや、大きな理由だろ? それがもう収まったんだ。感謝祭も国主導らしいから、巨塊が再び暴れ出すこともないだろうしな」


 二人は店主を注目する。


「そんな今、この店にとって構える場所は、それこそすごくどうでもいい話だろ? もっとも移転先を見つけなきゃ話にならんがな」


「引っ越すんですか?」

「どこに行くんですか?」


 店主の話に首を突っ込んできたのは、いつの間にか店に入ってきたライリーとホールス。

 彼らは、この天流法国皇居内の案内を仕事としている。

 だがそれは仮の姿。

 現法王が自ら次期国王としての教育を施している、先代までの国王の血を引く候補者である。

 しかし村の者達にはどこからか来た若い男女としか見えない。

 権力者に知らない間に振り回されるのではなかろうか。

 そう警戒する店主は、嫌悪感丸出しの顔を二人に向ける。


「子供には難しい話だよ。聞かせるこっちゃねぇな。つか、二人揃って休日か? こんなとこにきたって面白れぇとこ何もねぇぞ?」


 それでも構わず店主に懐く二人。


「……その事、店の連中に伝えてええかの? 彼らもテンシュに言うのも心苦しい言うてなぁ」


「……あぁ。すごくどうでもいい、ってな」


 この言葉だけならばすごく分かりづらい店主の意向。

 しかしこの先遠くないうちに、この村からは離れることにする。

 そんな別れの意味が込められていた。

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