法王依頼編 後日談

 国主杯賞品選考の議が終わり、ウルヴェスは玉座の間から皇居の法王公務室に移動した。

 部屋には一人。

 公務に向かう時はいかなる力を持ったものであろうとも、気持ちも体も引き締めて臨まなければならない。

 重要な仕事の一つが終わり、緊張から解放される。


「それにしても……蓋の裏の凹凸は手抜きかと思っていたが……。それに映る盤の裏の凹凸と合わせて国章になるとは思わなかった……」


 椅子に座りくつろぎながら、店主が碁盤を持ち上げてしばらく制止した時のことを思い返す。

 何か異常が起きたかとウルヴェスは店主を心配するが、店主は床に置かれた蓋の裏から視線を外さなかった。

 制止していたのではなく、宙で足のくぼみと足の位置を合わせていた。

 合わせることで蓋の裏に国章が浮かび上がるという仕組み。


「贋作かどうかを見破る目印と、国や国主と碁盤に繋がりを持たせる意味と兼ね合わせるとは、テンシュ殿もなかなか考えたものよ。盗品と思われる物以外の四点もなかなかの物だったが、確かに真似しようと思えばできなくはない」


 ゆえにこの世の一点もの。まさしく逸品にして一品である。


「片腕にしたい人物だが、周りはそうはいかんだろうな。しかも盗難に遭ってたとは……。まさかその犯人を妾の手で見つけさせるために、追及の手を止めたのではないだろうな? ふん、妾に腹黒そうなことを言うてたが、テンシュどのもなかなか悪知恵も働かせるではないか」


 法王の立場であるが、本来は天流教という国教の教主である。

 法王の座から退いた後も、そんなウルヴェスにとってはどうしてもそばに置きたい人材であると思い始めていた。


「しかも先王である皇太子の支持派もあぶり出しつつあった。だが罪を憎んで人物を憎まず。それに国の内政の現状を考えれば、人材としては誰もが欠かせない者達。テンシュ殿が正義の味方ぶっていたら、このように落ち着いて物事を考えることすら出来んかったな。裏表のない、純粋な感謝の言葉しか出て来んわ……」



 月が変わってしばらく経った『法具店アマミ』。


 店主から許可を得て、シエラと一緒に店内のショーケースや売り物を一時倉庫に押し込めたセレナ。

 思った以上に広い空間。


 良からぬことを企んでいる。


 真っ先にそう思った店主は、それでも彼女からの要望を受け入れた。

 トラブルを乗り越えながらも大仕事を成し遂げ、依頼人の目的を達した。

 そんな一区切りを迎えたタイミングでちょっとした企画を持ち掛けてきたセレナ。自分の気持ちの切り替えの機会として店主はそれを受け入れた。


 作業場を遮るように白い布を天井から下げる。

 何やら機械をセッティングして、『法具店アマミ』や近所の店から椅子を借りて来て、まるで観客席のように並べる二人。


 店主の知らないうちにポスター作りを頼んでいたようで、町中にすでに貼られていた。


「……何だよこれ? 『法具店アマミ上映会! 十二の月の十五日、法王ウルヴェスの公募に取り組み、候補の一品に挙げられた碁盤を作り上げるまでの店主の闘い』……? おい、なんだこれは……これ……今日?」


 ポスターに書かれていた文字を読み上げる店主。

「テンシュ、猊下に献上した品の作った人の名前は広めるなって言ってたでしょ? 宣伝にならなくなっちゃったんだもん」


 ウルヴェスから依頼を受けた時は非公式。しかし店主の品が選ばれた時点で、市井の、しかも異世界から来た人物の作った物が選ばれるとなるとその関係を怪しまれてしまう。ましてや非公式で市井人と会っていたとなるとなおさらである。

 ましてや『闘石』の名称を『碁』と変えるのだ。製作者が住んでいた異世界でその名称が使われているということが分かると、邪な関係を持っていると勘繰られてしまう。


 献上した品と店主とは一切無関係とする。


 宗教者のウルヴェスが政治の世界に飛び込んだ際、次の王になる者のために踏み台になるという覚悟を知った店主の、依頼人への思いやりである。


「冒険者と言いながら、ずいぶん商売っ気あるじゃねぇか。その前に物作りのセンス鍛えろよお前は」


 セレナを睨み付けながら意見をぶつける店主。


「いいじゃない。滅多にない機会だし、盗まれた碁盤を作ってるところまでを撮ったから賞品の物と一致するって考える人いないよ?」


「撮った? 何の話だそれは」


「テンシュの後ろの方にあるいろんな物が置いてある棚の上から隠し撮り~」


「お、お前な……」


 シエラが二人の会話の間に、セレナ寄りで割って入る。


「テンシュさんの仕事してる姿かっこよかったです! 普段もあんな風にかっこいいとこ出してくれたらこの店絶対人気が出るのに、何でいつもふざけてるんですか?!」


 店主はとうとう手が出た。

 シエラの頭に向かって垂直に拳骨。


「お前もお前でうっとおしいわ! 悪霊討伐して失敗してろ!」


「随分朝から賑やかじゃの。待ち遠しい上に店でやることもないもんだからここで待たせてもらうかの」


「……チェリム爺さん……あんたも随分ヒマなんだな」


 この日の初めての客は帽子屋チェリム。

 初対面の時は丁寧な言葉遣いだった店主は、チェリムに対してもすっかり店主節が板について来た。


「何を言うか。長い一生を考えりゃ、ほんの一時間くらい大したことはないわ。うあっはっは」


「ちっ。……お前ら、使った後は元に戻しとけよ。俺はいつも通り作業一日中してるから。全力ででけぇ音出してな」


「陰険な嫌がらせ止めてよねっ! 編集してないんだから! それに今回、いろんな人たちの依頼後回しにしたんだからさ。あぁ大丈夫。上手いこと言いくるめるから」


「人に見せるんなら編集くらいしろよ……」


「あ、いらっしゃーい。あ……えっと……いらっしゃい……」


 急にシエラの声から力が抜けた感じがする。

 やってきたのは、皇居で案内役に身を隠している次期王候補のライリーとホールス。


「上映会と聞いて見に来ました。入場料とかは……?」


「無料じゃよ、お若いお客さん。初めて見る顔じゃの?」


「はい、わ……僕はライリーです。こっちはホールスです」


 二人はまだ他の客とは馴染みはない。当然出入りしたきっかけもチェリムたちは知らない。

 知られるとまずいことになるのは二人も承知していた。

 それを知るきっかけになりそうな話題からなるべく避ける二人。


 それにしても、と店主はボソリと口にする。


「あぁんのジジィよりてこずる相手がいるたぁ思わなかった……」


 肩を落とし作業机の前に座る店主。

 上映会のスクリーンの向こう側で作業する店主だが、天井から下げられた幕は透けない生地との二枚重ねにより、店主の影が映りこまないようになっていた。


 常連や馴染みの客、近所の人たちが集まって来る。


「人、入りきれませんよ、セレナさん」


「第二回の日程を考えるしかない」

「すんじゃねぇ!」


 シエラとセレナのやり取りに、スクリーンの影から作業中にツッこむ店主。

 立って見続けられる人は立見席にすることで、何とか来客全員を店内に入れ、上映会が始まった。


 何の変化もない夜の時間は省略し、店主の作業を中心に、セレナの解説も入れながら映像は進む。

 終わりと思われる間際に、店主も映像を見に客席の方に移動した。


 碁盤を二階に持ち込んで置いたところで映像が消え、上映会が終わった。


 セレナとシエラの挨拶で上映会が終わり、客もぞろぞろと帰って行く。

 誰もいなくなった店内。


「その先の映像、あるか? あるなら見せろ」


「そりゃちょっとあるけど……流すね」


 三人でその先を見る。


「え? これ……」


「悪霊……とかじゃないよね? え? えぇ?」


 映像に残っていたのは、碁盤が置かれている床が黒い色に染まり、そこに沈んでいく碁盤。


「自分の手で持ってったんじゃなくて、こういう術を使って盗んだってことか。この映像事前に知ってりゃ……ってあまり状況変わらねぇか。あの二人も帰らせて何よりだ。でなきゃ皇居がガタガタになりかねねぇ。向こうから行って来たらわかんねぇが、真相は闇の中ってことにしとけや」


 国の心配をする義理もないのだが、関連めいたことに首を突っ込んでしまった因果か、どうしても情が皇居や皇族の方に向いてしまう店主。


「だが反対派のあぶり出す道具には使われたくねぇなぁ」


 首に鈴をつけられた気持ちにもなる。

 自由を満喫させてもらいたいものだ。

 店主はそうは思うが彼にとっての自由は、自由に仕事をさせてくれという意味である。

 ということは。


「……なんだよ、やっぱ俺の一番の難敵はあのジジィじゃなくセレナだったかよ」


 無理矢理勝手に依頼を入れるセレナは、シエラと共に後片付けを始めていた。


 面倒くせえのは依頼や仕事じゃなくて、セレナってことになるんだな。


 そう思いながら順番を待たせている依頼人達の仕事に、半日ぶりに取り掛かる店主であった。

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