献品紛失 碁盤はいずこ 5

 店主が法王から非公式で受けた依頼は、国主杯と言われるこの世界での囲碁のタイトル戦の賞品製作。

 碁石とセットで三組作る予定。碁盤の形にした二基。一つは原型の直方体のまま。

 その二基のうちの一基が、『法具店アマミ』に侵入した何者かによって盗まれた。

 たまたま宿泊したシエラに嫌疑がかかるが、店主の悪質な冗談で終わる。

 その店主は自分の推測を進めていくにつれ、自分の仕事を完遂を最優先とした結論を出した。

 そして盗まれたことには二人に箝口令を出す。


「斡旋所に依頼しないの? 警備員を雇うとか」


「そうですよ。対策考えた方がいいですよ」


 二人の反対にあう。


「じゃあなんで今まで盗まれなかった? 来客には皇居の秘宝庫から持ってきた話までは出さなかったが、法王からの依頼の品というと、それなりの品質がないと良い物は作れない。つまり使われる素材は価値のある物ってことになる。誰も盗もうなんて考えてなかったからじゃないか? 盗んだ者やその関係者からは、あの店からこれを盗んできたって話は出ないはずだ。盗まれた事すら想像もされないままなら、そっちのほうがやりやすい。あらゆる意味でな」


 店主の対応策は、事実上の放置である。

 再発防止の必要はないのか、依頼が果たせなくなったらどうなるのか。

 そんな二人の不安もお構いなし。

 店主は特にそのトラブルを気にすることなく、これまでと同じような作業を何日も繰り返していった。


「あの日以来結構雨続くんだな。つか、四季の移り変わりとか全く気にしたことなかった」


「今は雨期だね。農家の人たちが有り難がる時期だよ」


 あの時以来ずっと碁石の型抜きをして半月ほど過ぎた。

 日本の梅雨ほどじめじめとした空気ではなく、程よい涼しさで気持ちいい気候が続く。

 客も必要最低限の買い物をする者達だけ。と言っても一般人ではなく冒険者がほとんどである。


「あと半月くらい続きますよね。それが終わると、暑い季節がやってきます。はぁ」


 すっかり店の関係者になったようなシエラが憂鬱そうな顔になる。

 暑さが苦手らしい。

 滅多に客が来なくなった店のドアが開く。


「いらっしゃいませー。ようこそ『法具店アマミ』へ……」


 セレナより先にシエラが動く。

 弟子入りのはずがいつの間にかバイトをする羽目になってしまっている。


 が、その言葉の後に即座に立ち上がる店主。


「ジジィ! お前何かしたろ?!」


「流石じゃのぉ。毎回姿を変えとるが、すぐに見破れるのはテンシュ殿だけじゃぞい」


 うれしそうな老人に、シエラはおろおろする。

 今に限ったことではないが、客に対してのその口ぶりはいかがなものかと心配する。

 助けを求めるようにセレナを見るが、そのセレナは身体を固くしてながらかすかに震わせている。


「ジジィ……って……、テンシュさんがそう呼んでる人って言うと……え? ええぇぇぇ?!?!」


 老人はその驚きの声の主を見る。


「新顔かの? よろしくな。常連とまではいかんが、まあテンシュ殿とは顔なじみと……」


「だぁれが顔なじみだ。腐れ縁ってやつだ。おぅ、ジジィ。俺が依頼受けてる最中に何かやらかしたろ? でないと俺の推理が外れちまうんだ。つか、やらかしたよな?」


 ほほ、と短く笑う老人。

 シエラはそのやり取りを見ながら、その老人の正体を考える。

 心当たりは一人いる。けれど、当たってほしくない。違う人であってほしいとひたすら願う。


「何か、とは?」


「……例えば、俺への依頼と同じ内容を正式に一般公募する、とかな。そうだなー。半月以上前だったらいいなぁ」


 老人が喜びながら拍手する。


「流石じゃの、テンシュ殿。二十日前くらいかの? そうじゃ、テンシュ殿が嬢ちゃん連れて、皇居に来た二日くらい後かの」


「やっぱりかよ。引き金引いたのはこのクソジジィだったってわけだ。瞬間移動までしてご苦労なこった」


「瞬間移動? 何のこっちゃ? そんなの誰でも出来るじゃろ?」


「で、できませんよ……。ごく一部だけですよ、出来るの……」


 まるで独り言のように喋ったセレナの声は老人の耳に届いたらしい。


「ワシの周りの者なら、その程度のことなら誰でも出来るぞい?」


「あぁ、そうかよ。で、今日は何の用だ?」


 椅子を持ち出してカウンターの傍に置き、それに座る老人。


「その前にお嬢ちゃん、お名前は?」


「シ、シエラ=ドレイクです。こ、ここに弟子入りしに来ました……」


 一見温かく見守るような目つきで老人はシエラに微笑みかける。


「うんうん。ここのテンシュ殿はな、腕はいいんじゃぞ。口の悪さなんて可愛いもんじゃ。うんうん」


「は、はい。頑張ります。それで、おじいさんは……」


「ウルヴェス=ランダードじゃ。よろしくな」


 名前を聞いたシエラは、セレナ以上に体に震えをきたす。


「ほ……ほうおう……サマ……?」


「んな大それた名前言うんじゃねぇよ。ジジィで十分だこんなの」


 ウルヴェスは手を叩きながら爆笑する。


「やはりここにきたら、テンシュ殿の話し方でないとしっくりこんわ。ぅわはははは」


「それよりも猊下、おはな……」

「で、何しに来やがった? そっちからの依頼の仕事で忙しいんだがな?」


 セレナが何かを訴えようと申し出るその言葉を止めるように、店主がウルヴェスにきつい口調で問いかける。


「ん? なぁに、仕事の進み具合を見学しに来たんじゃよ。テンシュの仕事ぶりはまだ見たことがないような気がしてのぉ」


「客席のチケットは立見席も売り切れました。次回の幸運を期待しております。お帰りは足元にお気をつけて……」


「なんじゃ、もう帰らせるのか。もう少し会話を楽しまんか」


「あんたもだろうが俺も忙しい身なんだよ。ところで公式に依頼したとか言ったな。まぁ俺の場合は非公式だから、依頼達成しても用足らずってこともあるんだよな」


「ん? 確かに公式非公式の違いはあるが、公式は半年後。十一の月の三十日。テンシュ殿には一年後と言うたじゃろ。じゃが半端な日にして忘れられても困るな。五の月の三十日でどうじゃ」


 店主はその言葉を聞いてしばし沈黙。

 ウルヴェスの腹を探るように見ている。


「……約束は覚えてるよな?」


「約束? 何のことじゃ?」


 不意に尋ねられ、キョトンとするウルヴェスに店主は改めて確認する。


「会いたい時にはいつでもすぐに会うという条件」


「ふむ。それは忘れてはおらんよ? それがどうかしたか?」


 店主は鼻息一つ強く吐くと同時に、フンとかすかな声を出す。


「いや、別に? ところで七大賞とかいってたな。大賞戦とでも言うのか? 二か月に一回よりちと速いペースで開催されるってことだよな」


「うむ。公募の期限までには三つくらいあるかの。ワシも関心はあるが、賞には関わってはおらん。関係があるのは国主杯だけじゃ」


「ふーん。手が空いたらちょこっとまた触ってみるかな。んじゃホントに時間がねぇからここらへんで勘弁してくれ。でねぇとそこの幼女がお漏らししちまいそうだからな」


「だ、誰が幼女ですか……」


 シエラは文句を言おうとするが、ウルヴェスの存在にその意気が萎れる。


「そこの嬢ちゃんもテンシュ殿を少しは見習うといいかもしれんぞ? ほっほっほ。ではまたな、テンシュ殿」


 ウルヴェスが店を出る。

 直後シエラは泣きそうになりながら、全身から力が抜けるように膝を折り、尻を床に付けた。

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